ヴァージンの不埒な欲望
「そろそろ行こうか」
拓夢さんの言葉に、私は自分の右頬に触れながら「はい」と頷いた。
それからの車内は、ほとんど無言だった。会話のきっかけを作ってくれたり、話を上手に広げてくれる拓夢さんが、それをしなかったからだ。
でもその沈黙は、私にとって決して居心地の悪い時間ではなかった。沈黙の中でも、ふと拓夢さんと視線が合うと拓夢さんの目元が、わずかに緩む。私も、微かな笑みを返す。
二人の間に流れる、穏やかで優しい空気にふわりと包まれているようだった。
ただ……真っ直ぐに前を向いてハンドルを握る拓夢さんの目が、時折すごく遠くを見ているようで。そしてそれは、私の知らない拓夢さんの横顔で。
その事だけが、私の心をザワザワと揺らした。
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「ふぅ~。ちょっと、休憩」
土曜日、午前十時過ぎ、私の部屋。
私は読んでいた文庫本に、しおりを挟んでからローテーブルに置く。そのまま、床に倒れこむように横になる。仰向けになると、両手を両耳に添うように上げた。「う~ん!」と両手・両足に力を入れるようにして伸びをした。
今週の土曜日は所属する『検査』の半分は、仕事が休みになる。月毎に交替で休みになり、私はお休みだ。
かれこれ一時間近く本を読んでいるが、集中できていないせいか内容が全く頭に入ってこない。