ヴァージンの不埒な欲望

「わかりました。星野さん、とりあえず手を離して頭を上げてください」

自分の名字を言われた事にドキッとして、ジャケットの裾から手を離し、恐る恐る頭を上げる。

免許証を差し出していた事を思い出し、それで名字をと、一人で納得して慌てて免許証を差し出していた手を下げる。

右手で眼鏡のブリッジを押さえながら、そぉーっと、上目遣いでその人の顔を見れば、眉尻を下げて薄く笑いながら、私を見ていた。

こんなに間近で目が合ったのはもちろん初めてで、ポッと顔に熱を感じながら俯いてしまった。

困ってる?怒っているというよりも、困っているよね?その人の困ったような笑みに、ちょっとだけホッとする。

「ここで話すのは迷惑になるので、場所を変えましょう。どこで話しますか?」

その人の落ち着いた言葉に、今さらながら、チラッチラッと周囲を伺う。

駅前の賑やかな大通りの歩道の真ん中で立ち止まり、妙な雰囲気で話すその人と私。

通り過ぎる人達に好奇の目を向けられ、何かを囁きあいながら行く人もいる。

本当に今さらだけど、こんな状況を作り出したのは私で、目の前のその人を思いっきり巻き込んでいる。

一瞬で全身が熱くなり、それでいて背筋を冷たい汗がタラタラと流れる。

熱いんだか冷たいんだか、グチャグチャな感覚が渦巻く中、返事にならない言葉を発する。

< 3 / 143 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop