明日の蒼の空
 今日はなんだかいつもと様子が違う。

 これまでずっと笑顔で彼氏さんからの手紙を読んでいた夏美さんは、驚いているような、悲しんでいるような、なんとも表現しがたい表情を浮かべている。

 目をパチパチさせていて、右手で目を擦ったり、左手で目を擦ったり、手紙に顔を近づけたりしている。

 いつもの元気がない夏美さんは、無言のまま、椅子から立ち上がり、冷蔵庫からビールを取り出した。

 いつもはグラスに注いで飲んでいるのに、今日は缶のままで飲んでいる。

 シャワーも浴びず、夕食も食べず、ずっと黙ったまま、ひらすらビールを飲み続けている。

 一本、二本、三本、四本、五本、六本、七本、八本、九本、十本、十一本。ビールの空き缶の数がどんどん増えていく。

「はあ、久しぶりに飲み過ぎちゃった」
 とろんとした目でつぶやいた夏美さんは、ダイニングのテーブルに顔を埋めて、そのままの体勢で眠ってしまった。

「夏美さん、夏美さん。ここで寝ていると、風邪を引きますよ」

「ん、んん……」
 私に起こされて、目を覚ました夏美さんは、ゆっくりと顔を上げて、ふらつきながら椅子から立ち上がり、よろよろと歩いて、自室に入っていった。

 いつもはちゃんと手紙を持っていくのに、今日はテーブルの上に置きっ放し。

 電気も付けず、暗い部屋の中で体育座りをしている。

 こんな夏美さんを見たのは、私は初めて。

「夏美お母さん、どうしちゃったの?」
 りさが心配そうな顔で私に尋ねてきた。

「今日は、だいぶ疲れているみたいだから、そっとしておいてあげましょうか」

「う、うん」
 りさは私の言うことを素直に聞いて、リビングで絵本を読み始めた。

「究極の方法を知っていれば……」
 椅子から立ち上がろうとしたとき、夏美さんのつぶやき声が聞こえてきた。

 私は急いで椅子から立ち上がり、夏美さんの様子を見に行った。

 布団にうつ伏せになっている。

 拓哉、拓哉。と何度もつぶやいている。

 私は掛ける言葉を見つけられず、夏美さんの体にタオルケットを掛けた。
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