明日の蒼の空
「拓哉の似顔絵を描くから、見ててくれる?」
 夏美さんはそう言うと、砂浜に落ちている棒切れを拾った。

 私とりさは、夏美さんの真横に立ち、どこまでも広がっている水色の空の見上げた。

 夏美さんは棒切れを握り締めた手を空に向けた。

「あたしは、本当に絵心がないな」

 夏美さんが空のキャンバスに描いた彼氏さんの似顔絵は、決して上手とは言えない。

 とても失礼な表現の仕方だけど、へのへのもへじに毛が生えたような似顔絵。

 ものすごく下手な似顔絵だけど、心が込められていると私は思った。

「拓哉、三年間も、あたしに手紙を送ってくれて、本当にありがとう。新しい彼女と幸せになってね」
 涙声で言った夏美さんは、淡い水色の空のキャンバスに描いた彼氏さんの似顔絵に息を吹きかけた。

 夏美さんなりのお別れの仕方だったのかもしれない。

「これでいいの。これでよかったの」
 夏美さんが泣いているところを初めて見た。

 彼氏さんの似顔絵を消したばかりの夏美さんに掛ける言葉は見つからない。

「夏美お母さん、大丈夫?」
 りさが心配そうな顔で夏美さんに声を掛けた。

「大丈夫よ。あたしには、蒼衣とりさという、素敵な家族がいるから」
 微笑みながら言った夏美さんは、手に持っている棒切れを海に向かって投げた。

「こんなあたしはあたしじゃない」と言って、りさを肩車した。

 私は夏美さんの右手をぎゅっと握り締めた。

 とても温かい感触だった。

「また来年の夏休みに、家族三人で、星のしずく海岸に来ましょう!」
 夏美さんが明るい声で言った。

 りさは両手を高く上げて、「わーい! わーい! やったあ!」と叫んで、大喜び。

 私は心の中で大喜び。



 夏美さんとりさの明るい笑顔を見て、私は確信した。

 どんなに嫌なことがあっても、どんなに辛いことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、我が家は決して離れ離れになったりしない。

 夏美さんと私とりさは、ずっとずっとずっと家族。

 これからも、家族三人で支え合って生きていく。

 我が家の線路は続くよどこまでも♪ 今日も明るく元気に出発進行♪
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