常識ナシの竜人サマ!
 それなのに父親は竜人の元へ嫁げと言うのか。いっそう強く唇をを噛むと、紅い紅い唇に同色の血が滲む。


「お母様もさぞや無念でしょうね。身分を越えてまで想った相手に忘れ去られてしまうとは……」


 フェニルの母親は平民だったという。貴族ばかりが通う学園に将来の官吏となることを期待された特待生として入学した母親は公爵家子息の父親と恋に落ち、周囲の反対を押し切り婚姻を結んだ。フェニルにとって幼い頃から母親や古い使用人たちに聞かされている寝物語のようなモノ。


「それをお前が言うのか」


「……意味がわかりませんわ」


 父親の言葉にビクリと体を震わせてからうそぶくフェニル。


「王太子の想い人に危害を加えた、と聞いているが」


「――――ッ……」


 二月前に卒業した学園、父親と母親が出会った学園にはフェニルの同学年に王太子がいた。見目麗しく、また知性豊かな王太子は当然女子生徒の憧れとなり、フェニルも例外ではなかった。だが王太子に近づく者がいたのだ。それがフェニル達の年の特待生、マリアだった。
 

 それが面白い訳がなく、フェニルは嫌がらせと思われても仕方のないことをした。一目に付かぬ所に呼び出してねちねちと悪口を言い、生徒にはマリアを無視するように指示し……。フェニルは学園内で王太子の次に身分が高く、だれもが従い逆らうことをしなかった。というかむしろフェニルの名を使い、独断で嫌がらせをする者も現れた。


 罪悪感がなかった訳ではない。けれどそのまま『たかが平民の女』に王太子をとられたくなかった。むしろ最後はもう、王太子などどうでもよくなっていたのかもしれない。ただマリアに負けたくない、という執念で嫌がらせを続けていた。


「気づいておられたのですね……」


「ああ。
 ……さあ、どちらがお前の母親にとって無念だろうな?」


 フェニルは歯を食いしばり父親を睨みつけた後、頷く。彼女の顔は怒りでもなく、悲しみでもなく、憎しみの色に染まっていた。
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