幸福に触れたがる手(短編集)
人を殴ったり蹴ったり斬ったりする仕事をしていて、好きでもない女を抱くことなんかしょっちゅうある?
なんだろう、その仕事……。何か、やばい系の仕事なのかしら……。何にせよ、わたしが持っている知識だけでは、全く想像ができない。
体力も筋肉もあるから、身体を使う仕事だということは想像できたけれど。まさかそれが、ひとを殴ったり蹴ったりだなんて……。
篠田さんは逸らしていた視線をわたしに戻して、じっと見下ろす。
「おまえがどれだけ物分かりの良いやつでも、さすがに嫌だろ?」
「嫌というか……」
「普通のやつには理解しづらい仕事だってのは分かってる。仕事のことで破局なんて何度も経験してるし」
「……好きでそのお仕事をしてるんですか?」
「……ああ」
道端で知り合って数日。半同棲生活をしていた男性がやばい系の仕事をしているなんて、まるで小説の中の話のようだけれど。正直ちょっと恐いけれど。
それでもわたしは……。
「篠田さんは優しくて面白くて温かいひとだって、この数日で分かりました。その……ひとを殴ったり蹴ったりする仕事も、嫌々やっているのだとしたら説得しますが、好きでやっているのだとしたら何も言えません」
「……」
「お仕事中の篠田さんの姿は想像もできませんが、家での篠田さんは知っていますから」
篠田さんのごつごつした手を握ってそう答えると、彼は心底呆れたような顔で息を吐く。
「おまえはほんと、お人好しだな」
「お人好しというか……。恐いことは恐いですよ。ひとを殴ったり蹴ったりする仕事だなんて。でも、本当にそんなことしてます?」
「はあ?」
「そのわりに綺麗な身体してますし、指も綺麗ですし、怪我とか痣とか刺青とか見ないなって」
「……よく見てんな」
「筋肉も体力もあるので、身体を動かす仕事なんだろうなとは思いましたけど」
「……」
「あの……新聞やニュースに出るくらい危ないことはしてません、よね……?」
ひとを殴ったり蹴ったり斬ったりする仕事、と聞いて、無知なわたしが想像できるのは、ドラマや映画や小説であるような任侠ものくらいで。でも普段全くテレビや映画を観ない生活をしているし、そういうジャンルの小説も読まないから、知識なんてほとんどないのだけれど。
危ないことをして刑務所行きとか……。そうなったときに、わたしはこのひとを支えられるのだろうか。