幸福に触れたがる手(短編集)
「罰ゲーム、何するんですか?」
「そうだなあ、美味い朝飯」
「それだけですか?」
「じゃあ豪華な朝飯。フルコース」
「朝からがっつり派なんですね」
こんなに痩せてるのに、と付け加えると「食わなきゃ体力つかねえだろ」と。確かに。わたしはよく朝食を抜いてしまうし、忙しいときは一日一食だけのときもある。不規則な食生活とオフィスワークで、体力はお兄さんの十分の一くらいかもしれない。
「罰ゲームにしなくても、朝食くらい作りますよ」
「じゃあ別の罰ゲーム考えなきゃなあ」
「ていうか、篠田さんこそわたしの名前を憶えていなければ罰ゲームですよね」
「俺は忘れないから。記憶力良いし」
「なにそれずるい」
わたしだって記憶力は悪くないはずだ。でも今の状態――年内最後の仕事を終え、浴びるほどお酒を飲んで、一日の体力を根こそぎ使った後ということを考えると、朝まで憶えている確率は五十パーセントくらいかもしれない。
徐々に睡魔がやって来て静かに目を閉じると、わたしの髪を梳いていた篠田さんが、優しい声でこう言った。
「俺の名前憶えてなかったら、もう一回抱かせて」
わたしはそれに「もうゴムがありません」と返して、息を大きく吸い込んだ。隣から香るのは、彼が付けている香水だろうか。柔らかい、とても良い香りがする。
その香りに包まれたらなんだかほっとしてしまって、そのまま眠りについた。
こんなに良い気分で眠りにつくのは、久しぶりだった。