幸福に触れたがる手(短編集)
愛しい恋は欲だらけ
【愛しい恋は欲だらけ】
年末、飲み過ぎて帰路についた日。道端で吐きそうになっている俺の背中をさすりに来た女がいた。
俺は一応役者をやっていて、最近はテレビや映画やバラエティー番組によく出させてもらえるようになって、外で声をかけられることも、スタジオで演者やスタッフの子たちに誘われることも多くなったから、自惚れかもしれないけれど、今回もそれだと思った。
よく知らない子から「あなたのクールなところが好きです、付き合ってください」なんて言われたり。
何度か共演した子に告白されて付き合っても、プライベートで何度か会うと「もっとクールで格好良い人だと思ったのに! 嘘つき!」と罵倒されて振られたり。
なんだそりゃ。人のことクールクールって。それ俺の顔だけ見て勝手に判断してんだろ、と。最近はそんな子たちに辟易していた。
だから俺の顔目当てで近付いて来る子や、役者としての俺しか知らない子とは一線も二線も引いて、深く関わらないようにしようと思っていた。
というのは建て前で、本当は異性に対して、本来の自分を見せることが恐かったのだ。だからプライベートで異性とふたりになると、全くリラックスできないのだ。
でもその女を見た瞬間、それでも良いと――俺が役者だと知っていても、俺の顔だけを見て近付いて来たとしても良いと思えるくらい惹かれて、身体を寄せた。
寄せた女の身体は柔らかい香りがして、それだけでリラックスできた。
異性とふたりでいるのにリラックスできたということだけでも充分奇跡的なのに、偶然にも女は俺と同じマンションに住んでいた。
そればかりか、驚くくらい身体の相性が良かった。女の部屋にあったコンドームをあっという間に使い切っても、まだ足りないくらいだ。
だから朝になって酔いが醒め、もし万が一俺のことを忘れてしまっていても、また一から始めればいいと思っていた。
事を終え、今までにないくらい幸福な気分で、女の寝顔を見下ろす。
この女となら、ちゃんと付き合えるだろうか。本来の自分――クールでも恰好良くもない、ただの篠田亮太として、一緒に居られるだろうか。
そんなことを思って女の頭を撫でたら、くすぐったそうに身体を捩った女の口から「周司、ごめんね……」なんて言葉が漏れたから驚いた。
しまった、この女彼氏持ちか? 年末の酔いに任せて関係を持ってしまっただけか? と焦って、申し訳ないと思いつつも寝室とリビングをぐるりと見回し、洗面所や風呂を覗いてみた。