幸福に触れたがる手(短編集)
せっかく彼女と同じマンションに住んでいるのだから、と。仕事帰りに部屋に行くのは日課になっていた。
彼女はいつも俺の分の飯を用意していてくれるから、最近は夜が楽しみで仕方ない。
昼間、ケータリングや差し入れでどれだけ美味いものが出ても、彼女の作るものには勝てないな、なんて。自分でも驚くくらい彼女に惚れていた。
そういや今日の差し入れのシュークリームは美味かった。どこの店のか聞いて、買って来てやるか。
何度同じDVDを観たのか、それとも記憶力がいいのか、はたまた睡眠学習の成果か。台所に立ちながら、彼女は懐かしいミュージカルの曲を口ずさんでいる。
合間に入る台詞まで覚えて。そのうち振りまで覚えるかもしれない。
想像して頬を緩めていたら「ああそうだ、篠田さん」と振り返る。
「明日飲み会に誘われてしまって。何か作って置いておきますので、良かったら食べてくださいね」
切り出されたのは、明日は会えないだろうという話だった。
知り合ってから数ヶ月、毎日顔を合わせていたけれど、俺が仕事で地方に行くこともあるだろうし、まあいつかは顔を見ない日が来るとは思っていたが。
それが明日か。仕方のないことだが、やっぱりちょっと寂しい。
「……会社の飲み会?」
「あ、いえ。友人に……人数合わせを頼まれて」
「……は?」
「所謂、合コンらしいです」
「……は?」
ただし、仕方ないと思えるのは、実家に帰るだとか旧友に会うだとか付き合いで行く職場の飲み会くらいで。合コンとなれば話は別。
緩んでいた頬が、一瞬で固まるのを感じた。