幸福に触れたがる手(短編集)
「知明が寝言でまで避妊避妊繰り返すから買って来たぞー。よく行くコンビニでゴム買うの意外と恥ずかしいな。カモフラージュで飲み物とアイスも買って来たから冷蔵庫入れとくぞ。それとも今飲むか?」
「……へ?」
ごくごく普通にリビングに入って来た篠田さんは、ゆうべよりもずっとラフな格好――ダウンジャケットに長袖のTシャツ、サルエルパンツ姿だった。
あれ? なんでまだいるの? 帰ったんじゃないの? 一夜限りの関係じゃないの? んん?
硬直していると篠田さんは眉根を寄せてわたしを見下ろす。
背が高い。ずっと横になっていたから、改めて向かい合うと、背の高さにびっくりする。百八十センチ以上はあるだろうか。ずっと見上げていたら首が痛くなりそうだ。
「なに?」
「え……帰ったんじゃ……」
「帰ったよ。帰ってシャワー浴びて着替えて、そこのコンビニ行って戻って来た」
「は、はあ……」
「俺の部屋、すぐ上の階だから」
「は、はあっ?」
「だからまあ俺の部屋に連れ込んでも良かったんだけど、知明がわたしの部屋に来てぇわたしの部屋じゃなきゃやだぁって甘えるから」
「そんなことは絶対に言っていませんが……同じマンションなら言ってくださいよ」
「だから言ったろ、今」
信じられない……! 信じられない!
一夜限りの関係だと何度も自分に言い聞かせて、でももう二度と会えないという現実に、ちょっとだけ感傷的になっていたのに!
なんでこんなにあっけなく、ごくごく普通に戻って来るんだ!
「つーか朝飯は? 腹減ったんだけど」
「た、食べるんですか? ここで?」
「罰ゲームにしなくてもフルコース作るって言っただろうが」
言いながら篠田さんはわたしの頭をぽんとたたいて、ごくごく普通にキッチンへ向かう。そして勝手に冷蔵庫を開けて、飲み物とアイスを入れていた。
いや、ほんと自宅か……! 上の階なら帰ればいいのに!
そう思いつつも頬が緩んで、篠田さんの後を追った。