幸福に触れたがる手(短編集)
少し遅めの朝食を食べながら、ようやくお互いの情報をぽつりぽつりと交換した。
篠田さんは三十三歳らしい。わたしより五つも年上だとは……。目がぱっちりしているからだろうか。それとも鼻がすっと通っているからだろうか。とても三十代には見えない。
「知明こそ二十八には見えないって。酔って初対面の男を部屋に連れ込むなんて、もっと若くてやんちゃな世代かと思った」
「すみませんね、意外と年いってて」
「褒めてんだろうが、不貞腐れんなよ」
「不貞腐れてはいないですが……」
まあ、若く見られるならそれでいい。
会社でも年下の子が増えてきて、年寄り扱いされ始めたし。付き合っていた彼は同い年だったから、年齢云々を気にしたことなんてなかったし。
篠田さんは、五つも年上とは思えないくらい話しやすい人だった。
それは年相応の人生経験の賜物なのか、彼の生まれ持った人柄か。外見は職場の先輩たちより若く見えるけれど、内面は先輩たちより大人に感じる。
「正月は? 実家帰るのか?」
「あー、いえ。こっちで過ごそうかと」
「ひとりで寂しく?」
「ひとりで寂しくって言い方はあれですが、まあ、年末年始はどこも混みますからね。部屋でゆっくりしますよ。篠田さんは?」
「俺は実家横浜だし、帰ろうと思えばいつでも帰れるから、今回はやめとく」
「じゃあ篠田さんもひとりで寂しく年末年始を過ごすんですね」
ちょっとした仕返しのつもりで言ったつもりだったのに、篠田さんはふっと笑って首を横に振る。
「ひとりじゃねえよ。知明がいんだろ」
「……」
このひと……。こういうことをさらっと言うんだ。さすがイケメンは言うことが違うな。
こんなことを言われたら世の中の女の子たちはみんな恋に落ちてしまうだろうし、きっとこのひとは女性関係で苦労しないんだろうな……。