幸福に触れたがる手(短編集)





 後片付けのあと、いつの間にか篠田さんはソファーで眠ってしまったから、わたしは床に座ってソファーに背中を預け、読書をすることにした。
 大晦日だし、こつこつ進めていた大掃除の仕上げもしたいけれど、寝ている篠田さんの周りで音を立てるのは申し訳ない。
 まあ、普段からこまめに掃除はしているし、残っているのはシンク磨きとゴミ捨てくらいだから、今焦ってしなくてもいいだろう。
 年末年始はゆっくり本を読んで過ごしても良いかもしれない。


 ちょうど半分くらいまで読んだところで急にうなじを撫でられ、びくんと身体が跳ねる。

「なに読んでんの?」

「ミステリー小説ですよ」

「ふうん……」

 欠伸をしながら篠田さんは、わたしのうなじから首筋に指を這わせる。
 それがとにかくくすぐったくて、もう読書どころではない。

「俺を放っておいて、読書ねえ……」

「何言ってるんですか。居眠りを始めたのは篠田さんですよ」

「揺さぶって起こせよ」

「睡眠の邪魔はしたくありません」

「今朝は容赦なく揺さぶったのに?」

「それは全面的に謝りますけど……」

 今朝は篠田さんの異様な寝方に驚いたからで。時間がある限りはできるだけ起こしたくない。……というのは、寝起きが悪かった元恋人の影響か。彼は無理に起こしたりすると舌打ちして、それ以降口を聞いてくれない人だった。

「じゃあもう起きたから、何かするか」

 元恋人の比じゃないくらい寝起きが良いらしい篠田さんは、むくりと起き上がって部屋を見回す。が。

「でもおまえの部屋、何もねえな」

 つられてわたしも部屋も見回し、「そうですか?」と首を傾げる。

「テレビもDVDプレーヤーもコンセントが抜けてるし、オーディオもゲームも雑誌も新聞もない。なに、おまえ無音で情報遮断生活してんの?」

「そういうわけじゃないんですが、テレビも映画もあまり見ないので、節電しようかと。あ、でも小説はありますよ」

「じゃあこの部屋でできることっつったら読書しかねえじゃねーか」

「テレビ付けます?」

 言うと篠田さんは少し間を置いて考え「いや、いい」と首を横に振った。

「せっかくだから今日はこのまま、何もない部屋で楽しめることをしよう」

「はあ、はい?」

 そしてぽんぽんとソファーを叩き、隣に座るよう促す。

 素直に従いそこに移動した途端、肩を掴まれ、勢い良くソファーに押し倒された。
 視界に映るのは見慣れた天井と、篠田さんの整った顔。重力に逆らわずにはらはらと流れ落ちる彼の前髪を見たら、胸がばくんと鳴った。

 何もない部屋で楽しめることって、まさか……。




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