幸福に触れたがる手(短編集)
「あ、いたたたたた! あ、そこ……いっ! たーい!」
「うるせえ! まじうるせえ!」
「ぎゃーっ!」
静かな部屋に響くのは、わたしの悲鳴と、篠田さんの笑い声。
篠田さんがチョイスした、何もない部屋で楽しめること。それは足つぼマッサージだった。
どうやら以前習ったことがあるらしく、容赦なくわたしを押し倒して足を抱え、容赦なくつぼを刺激し始めた。
あまりの痛さに悶絶し、さっきから叫んでばっかりだ。その様子が間抜けなのか、篠田さんは笑いっぱなし。いや、ドSなだけかもしれない。
「おまえ内臓弱りまくり。不健康なやつめ」
「わりと元気なつもりなんです、がががが! そこ! 一番痛い!」
「肩もだいぶ凝ってるなあ。ここ刺激しとけばちょっとは和らぐと思うけど、あとで肩揉んでやるよ」
「でもいたーいっ!」
あまりの痛さに振りほどこうとしたけれど、力が強くて全く敵わない。
今まで何の問題もなく生活していたのに、どこを押されても痛いということは、実はわりと不健康なのかもしれない。
そりゃあ食事を抜いたり、睡眠時間を削ったり、社内しか歩かないような生活を何年も続けていればこうなるか、と反省した。
あらかたつぼを押し終えた篠田さんは「あー、楽しかった」とけたけた笑いながら足を解放する。やっぱり楽しんでいたのか……。
「さーて。次は何して遊ぶ?」
休憩を求めたかったけれど、叫び疲れて声にならない。ぜえはあ言いながらただ篠田さんを見上げると、彼はにやりと笑って寝室に向かう。自由すぎる。自宅か!
すぐに戻って来た彼の手にあったのは、いつの間に見つけたのか、わたしの学生時代の卒業アルバムだった。
床に座ってソファーを背に、ぱらぱらとそれを開き、あっという間にわたしの個人写真を見つけた彼は、またけたけたと笑い始める。雑誌代わりにされているみたいだ。
「前髪短かったんだなー、戦前の女学生みたいで可愛いじゃん」
「それ褒め言葉じゃないです……」
「褒めてる褒めてる。可愛いって」
元恋人に卒業アルバムを見られたときは、恥ずかしくて堪らなかったというのに、今は何も感じない。のは、飲み過ぎて吐きそうになっている姿も、全裸も、なんなら内臓の中までも見られてしまっているからだろうか。
くすりと笑って上半身を起こし、篠田さんの肩越しに卒業アルバムを覗き込む。
そして篠田さん考案の「同級生のあだ名当てゲーム」や「カップルを当てましょうクイズ」をして笑い合い、最近は思い出すこともなかった学生時代の話をした。
それに飽きたら次はしっかりじっくり肩を揉んでもらって、その後はなぜか工作が始まった。
空のペットボトルをカッターやハサミで丁寧に切り、それを広げて腕や足にする。そこにマジックで目を描き入れ、タコのような物体を作り上げた。
それをテレビボードの上に丁寧に飾り「これでおまえの部屋もちょっと可愛くなったな」と満足気に言うから、お腹を抱えて笑ってしまった。