こちら、メディア検閲科
ご飯を食べるために藍川さんが誘導してくれたのは、
学部ビルの先の奥のフロア。
少し長めの天井の高いトンネルをくぐる。
トンネルの中では何故か某水族館のように魚が空を泳ぐ。
地面も全面ガラスの水槽で、イルカやイワシの群れが通過するのが見える。
大きなマンタが通った時、藍川さんが説明してくれた。

「このトンネルは地下にある水族館が所有しているの。
夜になったらライトアップされるからとても綺麗なのよ。」

「水族館もあるんですね……」

ここに来て衝撃ばっかり受けてるからもう感覚が麻痺をしていた。
そう思いかけた矢先……

ん?に、に、人魚?

天井の上を、ひれがついた長い黒髪の女性が泳いで通過した。
人魚はこちらに気づき……
投げキッスをした。
そして下のほうへと泳いでいった。
……うそやろ。

トンネルを潜ると、
そこは全体に白く、天井が吹き抜け状の構造。一目見ればこれまたショッピングモール。
見る限り大理石を使っている。
空間の中心には幅の広いエスカレーターがあった。

藍川さんは説明してくれる。

「ここは大学街よ。学生たちの娯楽の場であり、または実践の場所でもあるの。
一回から四階まではお店や映画館のような娯楽施設や、飛行機の搭乗口や公園に繋がる通路になっているんだけど、
四階から上は学生たちのマンションになっているわ。
ちなみにエレベーターで下に行けば、さっきの水族館に行くことができるの。
水族館の中には図書館があって、落ち着いた環境での勉強が望めるわ。」

「え?なにそれ楽しそう!」

水族館と図書館のコラボを聞き、俺は思わずテンションが上がる。
それを聞いて藍川さんはふふっとはにかんだ。

「ええ、本当に良い場所よ!授業を終えて時間が空いたらぜひとも案内するわ。」

「行ってみたいです!お願いします!」

元気の良い返事に辰岡さんも機嫌が良くなったのか、口元を緩める。
しぶいのに、なんかもったいないよなぁ…

「さぁ、二人とも。盛り上がってるところ失礼だけどご飯にしましょ。」

辰岡さんがそう言って、歩き出した。俺たちもついていく。
向かった先はエスカレーターの裏側。
そこにはなんと、小さなカフェが。
手前にカウンターと高い椅子があり、奥には無精髭の生えた優しそうな男性がグラスを磨いている。
その隣には何やら仕込み作業をしている若い女性がいた。
学生だろうか?

辰岡さんが、男性に挨拶をした。

「ミスター、どうもおはよう。」

男性、カフェのミスターは顔をあげて、おはようございます、と微笑んだ。

「いつもありがとうございます、辰岡先生。いらっしゃいませ。」

どうやらこのカフェは辰岡先生行きつけの店のようだ。
藍川さんがあ!と声を上げて、隣の女性店員に話しかける。

「マキ!おはよう!今週はインターンシップ?」

女性店員、マキはうん、と顔をあげるなりうなずいた。
ミスターと同じぐらい優しそうで、のほほんとしている。

「あのねー、仕込み大変なの~。
でもね、ミスターと話してると楽しいし、とても楽しいよ~。
あ、あと今日はサンドイッチお奨め~。」

何だか口を開くとバックに花が咲くような雰囲気の人だ。

藍川さんはニコニコと和んだような顔をして、じゃあサンドイッチにしようかな!と注文した。

辰岡さんもじゃあ私もそうしようかしら、と賛同する。
もちろん俺もサンドイッチにして、全員イスに腰かけた。

サンドイッチを作りながら、ミスター、ミスター、とマキはミスターに声をかける。
そして俺を見た。

「この子ってね~、私どっかで見たことがあるんですよ~。でも忘れちゃいました~。
ミスターはご存じですか~?」

ミスターはうん、と水を注ぎながら頷いた。

「この子は斎藤君だよ。メディア検閲科に見学に来ているんだよ。」

「あ~!思いだしました!テレビで見たよ~。
よろしく斎藤君~!」

マキは相槌をうち、にぱっと笑った。
和んだ。

辰岡さんはミスターに尋ねる。

「今度の研修生はどう?」

ミスターはとても良い子ですよと微笑む。

「お客様とお話しして気分を和ませてくれますし、仕事も懸命にしてくれますし。
本人も楽しそうだから何よりですよ。」

あのね辰岡先生、とマキは隣から顔を出す。

「私前のインターンシップでやらかしちゃったんですよ~。
元気もちょっぴりなくなってたんですけど、この職柄が自分にあってるかなーって。」

するとふふっ、と藍川さんは笑った。

「そうなんですよ、面白かったんですよ、辰岡先生。マキは前に映画館のプラネタリウムのナレーションをしていたんですが、
『沢山の星でいっぱいです、だけど名前は忘れてしまいました~』って言ったんですよ。
皆それで大爆笑しちゃって。その後は星探しみたいな形式で、楽しかったですよ。」

「藍ちゃんやめてよ~」

皆が笑い、全員和やかな雰囲気に包まれた。
あぁ、アットホーム。なんて優しい世界。

和んでいるまま猫の吸盤を焼き目で書いた可愛らしいサンドイッチが出された。
美味しい。
俺の語彙力乏しい。
この朝食のお陰で心が落ち着き、胃痛が収まった。
マキさん、ありがとう。
食後料金を辰岡さんが支払い、俺たちはカフェを後にした。

ごちそうさまです。
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