memorial Rain
「…だってコーヒーが美味しいお店のコーヒー飲んだって面白い発見は無いでしょ~」
最後に、ふふふって笑う。
うん、そういう変わってるとこも好き。
若干、小悪魔なところも。
喫茶店の飲み物に面白い発見を求める女子大生なんて、どこ探しても僕の目の前にしかいない気がする。
玄関の扉を開けると、雨の匂いが一瞬で僕たちを通り抜けていく。
屋根の下に出てみると、風はあまりなく、音も随分軽い。
「お世話になります」
いつものように軽く一礼。
「うむ、苦しゅうないぞ~」
得意げにそう言って彼女が僕に手渡すのは、青い折りたたみ傘。
最近流行っている、物を擬人化するのには抵抗は無いけれど、この傘を擬人化するとき、彼と称するべきか、彼女と称するべきか。
……悩む。
そんな僕なんて知らずに、彼女は少し間の抜けた声を出した。
「あ、今日本持ってきてないや…」
「あぁ、僕ので良ければ貸すよ」
「やった、ありがとう」
彼女は純粋に嬉しそうに微笑んだ。
片方だけのえくぼが浮かび上がる。
不思議なもので、彼女はこれ以上無いくらいの最高の笑顔のときは、えくぼは見られないのだ。
控えめに微笑んだ時だけ、えくぼは僕の前に現れる。
本当に、不思議だ。
彼女の何もかもが僕を魅了するのは何故なんだろう。
一つの傘の下、二人で肩を寄せあいながら、屋根の下から雨が降り注ぐ外へと出た。
雨の中を二人で歩くと、いつも思い出す。
僕たちの出会いもまた、雨の日だった。
約1年前の、大学2年の春、その当時の僕は、晴れた日は自転車で学校へと向かい、雨の日はバスを使っていた。
その日は朝から雨で、バスに乗っていた。
でも帰りはすっきりと晴れていて、虹なんかも拝めた気がする。
そして、僕が住むアパートに近いバス停で降りた。
いつも通りで、何も変わったところのない帰宅のはずだった。
僕の日常に変化をもたらしたのは、他でもない彼女、夏見 夕雨だった。
バスが走り去った音が聞こえて数秒、
『あの、これ!!』
右手に何かを掴んで前に突き出し、何かを訴える少女。
でもそれが何かを理解できたのは、その手に握られたものが鍵だと気がついたときだった。
そして、自分の着ている服についているありとあらゆるポケットを叩いた。
そして気づく
『…へ、あれ、え!?』
ない、胸ポケットにも、ズボンのポケットにも、内ポケットまで探してもない。
家の鍵が、ない。
『やっぱり、あなたのですか?』
『…そう、みたいです。すみません…』
かたじけない…
僕が右手を出すと、その上に彼女がそっと鍵を乗せて言った。
『あぁいえ、いいんです。実は私、あなたと話してみたかったので』
『……はい?』
晴れやかに微笑んだ彼女のくすみの無い肌に、夕日が照りつけ始めた。
最初見たときは驚いたから気づけなかったけど、よくよく見れば、結構、いやかなり可愛らしい顔立ちをしている。
肩に付くナチュラルブラウン、春らしい桜色のワンピース、カーディガンという、THE清楚な服装。
おまけに、片頬のえくぼ。
『……か、』
『?』
『あっ、いえ、何でも…!』
…危うく声に出そうになったほどに。
誤解をしないで欲しいのが、断じて僕は普段からそんなことを言うようなフェミニストではない。
断じて違う。
『あの、僕を知ってるんですか?』
『はい、知ってますよ。雨の日にだけ見られる親切さん』
『…親切さん?』
ぱちくりぱちくり。
謎のワードに目を瞬かせる僕に、彼女はふふふと可憐に笑った。
『とにかく、お友達になりましょう!』
『えっ、あ、はい??』
訳もわからず握手、というか一方的に手を握られてブンブン振られた。
されるがまま、ただ目を丸くしていた。
それからまぁ、かくかくしかじか……
お友達歴半年で付き合うことになった。
きっかけとしては、同じゼミに通ってる奴らが俺らを冷やかして、夏見に迷惑だと止めようとしたところ、驚いたことに夏見から告白された。
冷やかした奴らまで目を点にして固まっていた。
こんな結末はきっと誰も予想していなかっただろう。