笑顔と猫とどんぶらこ～フーテンさきの歌紀行～
「私は死にます！　死んで彼の元にいきます！　私が彼の元にいくところを見ていてください！」
　突然、綾香さんが大声で叫んだ。

　その声は、波の音より大きな声だった。

「そんなことできるわけがありません。どうかやめてください。考え直してください」
　まなちゃんが涙ながらに訴えた。

「うるさいなあ！　もうほっといてよ！　私に構わないでよ！」
　まなちゃんと話しているうちに、過去の辛い記憶がフラッシュバックして、冷静さを失ってしまったのだ思う。綾香さんは、まなちゃんの言うことに聞く耳を持とうとしない。

　ここからは、あたしの出番。　

「ふざけんな！」
　あたしは綾香さんの頬をおもいっきりひっぱだいた。

　辛い事情があるからって、年上だからって、女だからって、容赦はしない。

「叩かれたって、痛くもなんともありませんよ。私の彼は、もっと苦しい思いをしたんですからね。私のことは放っておいてください。どうか死なせてください」
「本当に死ぬ気のある人って、誰にも言わずに死んじゃうんだよ。綾香さんは、本当に死ぬ気があるの？　死ぬって、ものすごく怖いことなんだよ」
「死ぬのは怖くありません！　死ねば彼の元にいけるんです！」
「そんなに死にたいのなら、あたしが死なせてあげる」
　冷たい声で言ったあたしは、綾香さんの右腕を掴んだ。

「え、ちょ、ちょっと……。何をするんですか？」
　あたしに腕を掴まれた綾香さんは、戸惑った表情で後ずさりしている。やっぱり、死ぬのが怖いのだと思う。本当は、生きたいと思っているのだと思う。

「死んで彼の元にいきたいんでしょ？　だったら早く海に入りなさいよ」
　厳しい口調で言ったあたしは、綾香さんの腕を強引に引っ張り、荒々しい波が打ち寄せる海へと引きずり込んだ。
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