笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「私の大切な麦わら帽子は……」
 綾香さんが立ち上がって、麦わら帽子を探している。
 海水が目に染みて、周りがよく見えないのだと思う。

「見えますか? 綾香さんの麦わら帽子は私が持っていますよ。濡れていませんし、傷もついていません」
 まなちゃんが綾香さんに麦わら帽子を手渡した。
 綾香さんは、あたしと一緒に海に入る前に、危険を感じて、本能的に麦わら帽子を脱いだのだと思う。

「麦わら帽子が無事で良かったです」
 綾香さんは安心した表情で麦わら帽子を被った。

 自分の命より大切な麦わら帽子。

 彼との思い出がいっぱい詰まっているに違いない。

 あたしは自分の命より大切なものを持っているだろうか。強いていえば、アコギくらい。でも、あたしには、まなちゃんと綾香さんという大切な友達がいる。自分の命より大切な友達。

「死にたいなんて、もう二度と言わないって、あたしとまなちゃんと約束してもらえませんか」
「…………約束はできません。申し訳ありません」

 彼のことを心の底から愛しているから、約束はできない。綾香さんの彼に対する愛は、あたしの想像以上のものだと思う。
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