笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「とっても優しい彼だったんですね」
 あたしとまなちゃんは、口を揃えて同じことを言った。

「はい。私にはもったいないくらい素敵な人です」
 あたしとまなちゃんが過去形を使ったのに対し、綾香さんは現在形を使っている。

 愛する人を失った経験がない人は、どうしても過去形を使ってしまう。

 綾香さんの中では彼は生きていて、生きていると思いたいから現在形を使っているのだと思う。
 
 目には見えないけれど、もしかしたら、綾香さんの彼もこの部屋に居て、あたしたちの会話に耳を傾けているのかもしれない。

 これからは、あたしも現在形を使おうと思う。

「私ばかり話してしまって、どうもすみません。さきさんとまなさんの旅の話を聞かせてください」
 綾香さんは遠慮したのか、思い出の写真を机の上に戻して、床に座って正座した。

「あたしとまなちゃんの旅は、ちょっと変わってるんですよ」
 笑顔で耳を傾けてくれている綾香さんに、これまでの旅の様子を話して、旅のルールも説明してみた。

「面白いルールがいくつかありますが、基本的には、乗り物に乗ってはいけないということですね」
「はい。どんなに険しい道でも、自分の足で歩くんです」
「それなら、私もいっぱい歩こうと思います。歩いて歩いて歩き倒して、足腰を鍛えるとともに、心も鍛えようと思います」
 力強い声で言った綾香さんは、一週間もの間、あたしとまなちゃんと一緒に旅をしてくれることになった。

 いつの間にか、女二人旅から女三人旅へ。

 藤沢のアパートを出発した時には、まさかこんなに旅仲間が増えるとは思っていなかったので、自分でも驚き。何はともあれ、綾香さんも旅を楽しんでくれればいいと思う。
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