笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「綾香さん、まなちゃん、おやすみなさい」
 消灯係のあたしは部屋の電気を消してから、ベッドに入って横になった。

 今にもベッドから転げ落ちそうな状態だけど、綾香さんの温もりが伝わってきて、なんだか嬉しい。今夜もぐっすり眠れそう。



 案の定、あたしは寝ている間にベッドから転げ落ちてしまって、床に敷いてある布団の上で目が覚めた。

 綾香さんもまなちゃんもまだ眠っている。二人とも可愛らしい寝顔。

 いったいどんな夢を見ているのだろう。綾香さんは彼の夢を見ていて、まなちゃんは水樹くんの夢を見ているのかもしれない。

 綾香さんのご家族の前で、魚介類を産み落とす夢を見たあたし……。なんだかちょっぴり切ない。



 あたしとまなちゃんは朝ご飯もご馳走になり、八時半過ぎに綾香さんの家を出発して、どこに向かうでもなく、三人で歩き続けた。

「こんにちは」
 見るからに元気そうな綾香さんは、積極的にいろんな人に話し掛けていて、初対面の人との会話を楽しんでいる様子。

 夜は旅館や民宿に泊まり、美味しい料理を食べてお酒を飲んで、恋や愛や人生などについて語り合った。

 まなちゃんは、綾香さんに対して気を遣っているのだと思う。水樹くんの話は一切しなかった。



 いっぱい歩いて、いっぱい汗を掻いて、いっぱい食べて、いっぱい飲んで、いっぱい話して、いっぱい笑ったことで、新陳代謝が活性化されたのだと思う。綾香さんの顔色は日に日に良くなっていった。

 出来ることなら、このままずっと三人で旅を続けたい。でも、そういうわけにはいかない。本当に残念だけど、綾香さんとは今日でお別れ。
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