笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「ああ、君たちね。覚えてるよ」
 あたしは砂浜に座ったまま、ナンパ野郎どもの質問に答えた。

 あれから二週間以上も経っているので、あたしの怒りは収まっている。

 まなちゃんはまだ怖がっているよう。

「僕たちのことを覚えていてくれたんですね。どうもありがとうございます」
 爽やかな笑顔でお礼を言ったナンパ野郎どもは、二人とも、Tシャツに半ズボン姿で、手にビニール袋を持っている。

 あたしとまなちゃんをナンパしに来たというわけではなさそう。

「別にお礼を言われる筋合いはないよ。二人とも何をしてるの?」
 あたしは立ち上がって、ナンパ野郎どもに聞いてみた。

「僕たちは、あの日から、心を入れ替えまして、みなさんに気持ちよく海水浴を楽しんでいただくために、砂浜の清掃活動をしているんです」
「へえ、二人とも偉いね」
「いえいえ、当たり前のことをしているだけです」
 謙遜した態度で言ったナンパ野郎どもは、とても穏やかな表情をしている。

 前に会った時とは別人のよう。

「あの時は本当にごめんね。二人とも、たまたまと竿は大丈夫?」
「あ、はい。まだ少し痛みはありますが、大丈夫です」
「僕も大丈夫です」
「そっか。二人とも大丈夫なんだね。君たちの名前を教えてくれるかな?」
「はい。僕は、桑畑稲二郎と申します」
「僕は、桑畑麦三郎と申します」
 穏やかな表情で自己紹介をしてくれた兄さんたち。

 背の高いほうが稲二郎くん。
 背の低いほうが麦三郎くん。

 二人とも、ずいぶんダサい名前だね。ゴミ拾いなんかしてないで、畑でも耕してれば。君たちに海は似合わないよ。などと言ってはいけない。せっかくやる気を出して、砂浜の清掃活動をしているのだから、やる気を削ぐような発言は慎まなければならない。
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