笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
 田吾作おじいちゃんの奥様の幸子さんの話によると、田吾作おじいちゃんは、五年ほど前に認知症を発症されて、年々物忘れが酷くなり、ここ最近は、散歩に出かけたきり、なかなか帰ってこないことがしばしばあるとのこと。

 幸子さんは、週に三回のパートと家事をこなしながら、一人で田吾作おじいちゃんの面倒を見続けているとのことだった。

「幸子さんと田吾作おじいさんは、二人暮らしなんですね」
 まなちゃんが心配そうな表情で言った。

「子供たちが巣立ってから、ずっと二人暮らしです」
「お一人でお世話をするのは、大変じゃないですか?」
「大変は大変ですけど、歳を取れば仕方ないことですし、だいぶ慣れましたので」
「そうですか。幸子さんと田吾作おじいさんは、ご結婚何年目ですか?」
「今年の秋で、丸五十七年になります」
「五十七年ですか。それだけ長い間、一緒に暮らせる秘訣は何ですか?」
「何でしょうね。夫の人柄が良いからだと思います」
 子供のような夫を立てている幸子さん。

 認知症になっても、夫は夫。

 長年連れ添っている夫婦の愛と絆とは、本当にすごいものだ。とあたしは思った。

「田吾作おじいちゃんから、夏の思い出が好きだと聞いたんですが、何か思い出のある歌なんですか?」
 あたしも幸子さんに質問してみた。

「夫が認知症になる前に、毎年二人で尾瀬に行っていたんです」
「それで、夏の思い出が好きなんですね」
「はい。そうだと思います」

 夫婦の思い出の歌だから、認知症になっても覚えている。あたしはなんだかすごく嬉しくなった。

「よろしければ、今夜はうちに泊まってください」
「はい。泊まらせていただきます」

 幸子さんのご好意に甘えさせてもらって、このまま泊まることにした。

 昨日はお風呂に入っていないので、あたしとまなちゃんはお風呂に入らせてもらった。
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