笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「さっきから、全く動かないね。ちょっと石を投げてみようか」
 あたしは道端に転がっている小石を拾って、竹やぶの中で倒れている人に向かって投げてみた。

 竹の間を縫って顔に当たったのに、全く反応がない。

「死んでるのかな」
「どうなんでしょう。生きていてほしいです」
 まなちゃんが不安げな顔で言った。

 旅の途中で死体なんか見たくないのだと思う。あたしも死体なんか見たくない。

「あの! 大丈夫ですか!」
 あたしはおもいっきり声を張り上げて、竹やぶの中で倒れている人に声を掛けた。

「し、静かに。そんなに大きな声を出さないでください」
 竹やぶの中で倒れている人が囁くように声を発した。どうやら生きている模様。

「あの! 何かあったんですか!」
 まなちゃんも声を張り上げて、竹やぶの中で倒れている人に声を掛けた。

「し、静かに。そんなに大きな声を出さないでください」
 再び囁くように声を発した竹やぶの中で倒れている人は、ゆっくりと起き上がり、周囲を警戒するような仕草を見せながら、あたしとまなちゃんの方に向かって歩いてきた。

 上は青色の半袖シャツ。下は水色のジーンズ。靴は緑色のスニーカー。肩に赤色のショルダーバッグ。顔はどちらかというと地味。身長はあたしよりちょっと高いくらい。どこにでもいるような青年。

 あたしは竹やぶの中で倒れていた人のことを、勝手に竹やぶくんと命名した。

 竹やぶの中で倒れていたから竹やぶくん。
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