笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
 湯のみ茶碗の底に茶柱が立っている。びんびんの茶柱ちゃん。なんとも美味しそうな緑茶だ。

「いただきます」
 あたしは熱いのを我慢して、ずずずずずと音を立てながら緑茶を飲んだ。
 湯の温もりが体の芯まで染み渡ってくる。
 緑茶に含まれる成分は主にカテキン。
 どんな効能や効果があるのかは知らない。

「さきちゃんは、一人旅をしているのかい?」
 農家のおじさんがあたしに尋ねてきた。

「はい。昨日、出発したばかりなんです」
 あたしは緑茶を飲みながら答えた。

「そうかい。旅の餞別として、このジャガイモをあげるね」
 農家のおじさんがにっこりと微笑みながら、あたしにジャガイモを手渡してくれた。
 
 野菜じゃなくて、金をくれ。などと言ってはいけない。農家のおじさんとおばさんが手塩に育てたジャガイモちゃん。大切に食べなければならない。

「美味しそうなジャガイモをありがとうございます。それではそろそろ出発しますね」
 あたしは湯のみ茶碗をお盆に置いて立ち上がり、ジャガイモをリュックに入れて、出発の準備を済ませた。
 この田んぼから離れるのはちょっと名残惜しい。

「よかったら、また歌を聴かせておくれ」
 農家のおじさんは、あたしのファンになってくれたのだろうか。ちょっぴり嬉しい。

「はい。あたしの歌でよければ、何回でも聴いてください。いろいろとありがとうございました」
 親切で優しい農家のおじさんとおばさんにお礼を言って出発した。
 
 食物を育ててくれる人がいるから、あたしはご飯を食べられる。この世界でいちばん偉い人は、食に携わっている人だとあたしは思う。
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