笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「新人の佐藤さん、コーヒーおかわり」

「はーい。少々お待ちくださーい」

「新人の佐藤さん、ココアおかわり」

「はーい。すぐに淹れてきまーす」

「新人の佐藤さん、僕にもココアを淹れてくれるかな」

「はーい。すぐにお持ちしまーす」

「新人の佐藤さん、私はミロが飲みたいんだが、買ってきてくれるかな」

「てめーら! あたしはお茶汲みじゃねーんだよ! 新人新人って呼ぶんじゃねーよ!」
 今日も朝からお茶汲みばかりさせられて頭に血が上ったあたしは、机と床にコーヒーをぶちまけて、ココアの缶を壁に投げつけた。

「派遣社員のくせに! その態度はなんだ!」
 加齢臭漂うバーコード頭のおっさんが、もの凄い剣幕で文句を言ってきた。なんともムカつく野郎だ。

「おうおうおう! 派遣社員で悪かったな! てめーは何様のつもりだ!」

「上司に向かって! その口の聞き方はなんだ! クビだ! 早く出ていけ!」

「おうおうおう! こんなクソ会社! 今すぐ出ていってやるよ!」
 あたしはココアの缶を持って会社を飛び出した。

 せっかくありついた仕事なのに、二日半でクビになってしまった。
 どうしてあたしはこんなに我慢弱い人間なのか。
 どうしてこんなに口が悪いのか。どうしてこんなに短気なのか。
 今さらそんなことを考えても仕方がない。
 クビならクビでいい。
 後悔はしていない。
 反省もしていない。
 もう五回目だから、慣れたもんだ。

 新聞配達。
 百円ショップ店員。
 野球場のビール売り子。
 アパレルショップ店員。
 スーパーのレジ打ち。
 キャバクラ嬢。
 イベントコンパニオン。
 道路工事のガードマン。
 トラック運転手。
 土木作業員。
 倉庫作業員。
 引越し作業員。
 清掃会社の事務員。
 ついさっきクビになった伝票整理業務。

 あたしはどんな仕事も長続きしない。
 すぐにキレて辞めてしまう。
 そのために転職を繰り返し、二十八歳になった今でも定職に就けずにいる。
 こんな人間なのに、よく今まで生きてこられたと思う。
 自分で自分を褒めてやりたい。
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