笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「可愛らしいお歌だね。リンゴたちも喜んでいると思うよ」
 かよちゃんが言ってくれたとおり、かよちゃんの大切なリンゴの樹にぶら下がっているリンゴたちも喜んでくれていると思う。

 可愛らしい歌でもどんな歌でも、大声で歌うとスッキリする。今夜はよく眠れそう。



 あたしの体より大きなリンゴたちの前で、かよちゃんのリンゴの歌を熱唱している夢を見て目が覚めた。

 かよちゃんとまなちゃんもリンゴの夢を見ているのだろうか。二人とも微笑みながら眠っている。

 あたしは二人を起こさないように静かに起き上がり、パジャマ姿のまま、靴を履いて庭に出た。

 今日も朝から青空が広がっていて、あちこちから、蝉の鳴き声が聞こえてくる。

「あ、あれ……」
 あたしは自分の目を疑った。

 昨日の夜までは十二個だったのに、数え切れないほどのリンゴがぶら下がっていて、どのリンゴも真っ赤に染まっている。

 この信じがたい光景が夢なのか現実なのか確かめるため、あたしは自分のほっぺたをおもいっきりつねってみた。すごく痛かった。あたしは起きている。寝ぼけてなんかいない。

「かよちゃん! まなちゃん! 庭に出てきて!」
 あたしは大声で叫びながら、かよちゃんとまなちゃんを起こしに行った。

「おや、まあ、こんなことは初めてだよ」
「こんな不思議なことが起こるなんて……」
 にわかには信じがたい光景に、かよちゃんもまなちゃんも口を開けながら驚いている。

「和男さん、うちに帰ってきてくれたんだね」
 かよちゃんはリンゴの樹に触りながら、笑顔でつぶやいた。

「本当に不思議ですね」
 どうして一夜にして、リンゴの数が一気に増えて、黄緑色だったリンゴが真っ赤に染まったのか。あたしはリンゴの樹を見つめながら考えてみた。

 花咲かじいさんならぬ、リンゴ咲かじいさん。

 もうすぐお盆。かよちゃんの旦那様が天国から地上に降りてきて、リンゴの樹に乗り移り、あたしとまなちゃんが出発する前に、リンゴの数を増やしてくれて、成長を早めてくれたのかもしれないとあたしは思った。
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