笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「リンゴを食べてもいいですか?」
 嬉しそうな顔でリンゴの樹を見つめている、かよちゃんに聞いてみた。

「もちろんさ。さきちゃんもまなちゃんも、好きなだけ食べておくれ」
 かよちゃんは微笑みながら言ってくれた。

 収穫♪ 収穫♪ 大収穫♪ 八月の大収穫だよ♪ かよちゃんと和男さんのリンゴは見るからに美味しそうだよ♪  

 あたしは八月の大収穫の歌を歌いながら、真っ赤なリンゴをもぎって食べてみた。

 リンゴって、こんなに美味しいものだったっけ……。あたしはあまりの美味しさに言葉を失ってしまい、黙々とリンゴを食べ続けた。

「こんなに美味しいリンゴを食べたのは初めてです!」
 満面の笑みを浮かべながら言ったまなちゃんとあたしが食べているリンゴはただのリンゴじゃない。かよちゃんご夫妻の愛の奇跡によって実ったリンゴである。

「みんなで収穫しよう!」
 かよちゃんが大きな声で言った。

 あたしとまなちゃんは、かよちゃんが手渡してくれた布袋を体にぶら下げて、あたしは脚立に上がって、高いところにあるリンゴを摘み取り、かよちゃんとまなちゃんは、低いところにあるリンゴを摘み取り始めた。

 さきちゃん、まなちゃん。私の妻の面倒を見てくれて、どうもありがとう。

 脚立に乗ったまま、真っ赤に染まっているリンゴを摘み取っていたとき、どこからか、男の人の声が聞こえてきた。

 まなちゃんにも聞こえたようで、キョロキョロと周りを見回している。

 かよちゃんには聞こえなかったのだろうか。笑顔でリンゴを摘み取っている。

 もしかしたら、今の声は和男さんの声で、あたしとまなちゃんだけに聞こえたのかもしれないとあたしは思った。
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