笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「海老原さん、二ヶ月以上もの間、ご心配とご迷惑をお掛けしまして、大変申し訳ありませんでした」
 まなちゃんが神妙な顔つきで海老原さんに向かって深々と頭を下げた。

 こんなに申し訳なさそうにしているまなちゃんを見たのは、あたしは初めて。

「いえいえ、先生がご無事で何よりです」
 チェック柄のハンカチで目を覆いながら言った海老原さんが、ここに来るまでの経緯を涙ながらに語り始めた。

 未だに状況が飲み込めないあたしは、ベンチに座ったまま、海老原さんの話に耳を傾けた。


 まなちゃんのマネージャーを務めているという海老原さんの話によると、まなちゃんのトレードマークである、紺色のチロリアンハット姿の女性を見かけたという人の話を頼りに、東京からまなちゃんの足取りを追ってきて、進路を予測して先回りし、青函フェリーターミナルで二週間ほど待っていたとのこと。

 海老原さんの顔はやつれていて、目の下に大きなクマができている。まなちゃんを見つけるために、かなり苦労した模様。

「本当に申し訳ありませんでした」
 まなちゃんは神妙な顔つきのまま、海老原さんに向かって深々と頭を下げた。

「先生がご無事ならいいんです。どうか顔を上げてください」
 海老原さんに優しく声を掛けられたまなちゃんは、顔を上げて、にっこりと微笑んだ。

「先生、こちらの方は、どなたなんですか?」
 海老原さんが不思議そうな顔でまなちゃんに尋ねた。

「私と一緒に旅をしてくださっている、佐藤さきさんです」
 まなちゃんがにっこりと微笑みながら、海老原さんにあたしを紹介してくれた。

「先生が大変お世話になっています」
 海老原さんがあたしに向かって頭を下げた。

 まなちゃんと海老原さんのやり取りを見ていて、あたしはだんだん状況が飲み込めてきた。
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