笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「…………わかりました。海老原さんと一緒に東京に戻ります」
「どうもありがとうございます!」
 嬉しさを爆発させている海老原さん。悲しげな表情を浮かべているまなちゃん。

 二人の様子を見ていて、あたしは残念に思った。本当に残念だけど、まなちゃんは仕事があるから仕方がない。売れっ子作家だから仕方がない。と思って割り切るしかない。

「さきさんと二人だけで話したいので、席を外してもらえませんか」
「あ、はい。それでは、席を外させていただきます」
 かしこまった表情で言った海老原さんは、まなちゃんとあたしに頭を下げて、急ぎ足でターミナルの外に出ていった。

 まなちゃんは暗い表情のまま、あたしの隣に座った。

「これ以上、海老原さんに迷惑を掛けるわけにはいきませんので、どうしても断れませんでした。出来ることなら、さきさんと一緒に旅を続けたかったです。北海道の宗谷岬に行きたかったです」
 まなちゃんが悔しそうな声で言った。

 もう少しで北海道に渡れたのに。あと一歩のところで海老原さんに見つかってしまったまなちゃんの悔しい気持ちはよくわかる。あたしもすごく悔しい。

「本当に残念だけど、仕方ないよ。あたしのことは気にしないで、元気を出して」
「は、はい……。あの、私は……」

 沈黙の時間が続いた後、まなちゃんが旅に出た本当の目的を語ってくれた。

 ここまであたしと一緒に旅をしてくれたまなちゃんは、デビュー当時から天才作家と言われて、出す本が全てベストセラーとなり、お金も地位も名誉も手に入れたという。しかしながら、仕事に追われる日々が続き、家族と一緒に過ごす時間も自分の時間も友達と遊ぶ機会も減ってしまったため、心のゆとりを失っていき、仕事に身が入らなくなってしまったという。気分転換に池袋の街を歩いていたときに、自由人のあたしと出会って、思い切って旅に出てみようと決意したとのことだった。

 貧乏人は貧乏人なりの苦労や悩みがある。お金持ちの人はお金持ちなりの苦労や悩みがある。物理的な幸せを手に入れても、心は満たされないのだと思う。
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