笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「こんにちは」

 羨ましく思いながら、恋人の木をぼんやりと見つめていたとき、あたしと同年代くらいの男性に声を掛けられた。

 この男性も一人旅なのだろうか。背中に大きなリュックサックを背負っていて、ほどよく日焼けしている。短髪で無精ひげを生やしていて、体格が良くて背が高くて、ちょっとワイルドな感じ。

 あたしの好みのタイプ。夢の中で、あたしと激しく愛し合っていた人とちょっと似ている。

 あの夢は、正夢だったのだろうか。なんだか胸がドキドキする。

 人との出会いは第一印象が大事。あたしはとっさに猫の皮を被った。一枚じゃなくて、百枚。ぶりっ子、ぶりっ子、ぶりっ子。かわい子ぶりっ子。

「こんにちは」
 あたしはにっこりと微笑みながら挨拶を返した。ロマンスが始まりそうな予感がする。夢よ現実になれ。
「あなたも一人旅なんですか?」
 イケメンワイルドさんが笑顔で尋ねてくれた。

「はい。私も一人旅をしていまして、神奈川県から歩いて来たんです」
「神奈川県から歩いて来たんですか。すごいですね。僕は、東京から来ました、佐藤大地と申します」

 東京! 近いじゃないか! あたしは思わず心の中でガッツポーズをした。自分でも鼻息が荒くなっているのがわかる。ここはとにかく冷静に。

「私の苗字も佐藤でして、名前はさきと申します」
「あなたの苗字も佐藤なんですね。同じ苗字の人と出会えて嬉しいです」
「私も嬉しいです。苗字が同じですので、大地さんと呼んでもいいですか?」
「はい。大地と呼んでください」
 白い歯がキラリ。さわやかスマイル。話し方が穏やかで、とっても優しそうに見える大地さん。あたしの彼氏になってほしい。

「大地さんは、一人旅がお好きなんですか?」
「はい。僕は昔から一人旅が好きでして、北海道の一人旅は、今回で五回目になります」
「大地さんは五回目なんですか。私は北海道は初めてなんです」
「さきさんは初めてなんですね。雄大な大自然の中を歩くと、身も心も癒されますよね」
「そうですね」

 なんだかすごく良い雰囲気。大地さんの気をもっと引きたい。大地さんともっと仲良くなりたい。あたしの今日の服装は、上がセクシーキャミソールで下がハイレグデニムショートパンツ。頭にパッと閃いた。
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