笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「その虫を、手のひらの上に乗せてくれる?」
 ちゃとらんの顔の前に手のひらを差し出してみたところ、口に咥えている虫を、あたしの手のひらの上に乗せてくれた。

「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
 美味しいから、食べて。とでも言っているのだろうか。ちゃとらんは大きく口を開けて鳴き続けている。

「この虫は、鈴虫だね」
「にゃあ」
「いただきます」

 ちゃとらんが喜んでくれるなら、鈴虫だって何だって食べる。

 あたしは大きく深呼吸をして、指で鼻を摘んで、ちゃとらんが捕まえてきてくれた鈴虫を口に放り込んだ。
 
 おえええええええええええええええええええええ

 生まれて初めての鈴虫の踊り食い。不味いなんてものじゃない。口の中で鈴虫が暴れている。触覚と脚の触感がたまらなく気持ち悪い。どうにもこうにも噛めない。どうにもこうにも飲み込めない。ちゃとらんが見ているので、吐き出すわけにはいかない。あたしは水筒の水を口に含んで、気合で鈴虫を一気に飲み込んだ。

 おえええええええええええええええええええええええええええええええええええ

 どんなに不味くても、どんなに気持ち悪くても、どんなに吐き気がしても、笑顔、笑顔、笑顔。にっこりさわやかスマイル。

「ちゃとらん、ありがとう。すごく美味しかったよ」
「にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ」

 喜んでくれたのだろうか。ちゃとらんは畑に向かって勢いよく走り出した。もしかしたら……。悪い予感がする。

「ちゃとらん! ちょっと待って! あたしはもうお腹一杯だから! 鈴虫を捕まえに行かなくていいよ!」
 これ以上、鈴虫を食べたら、お腹を壊してしまう。あたしは必死にちゃとらんを呼び止めた。

「にゃあ」
 ちゃとらんはその場に立ち止まって振り返り、勢いよく走って、あたしのところに戻ってきてくれた。
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