笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「ねえねえ、おばちゃん。この猫の名前はなあに?」
 小さな男の子があたしに尋ねてきた。

 今はとっても気分が良いので、おばちゃんと呼ばれても動じない。

「この猫の名前は、ちゃとらんだよ」
 あたしはにっこりと微笑みながら答えた。

 ちゃとらんの名前を尋ねてきた男の子も他の観客も、みんな笑顔でちゃとらんの歌に耳を傾けている。

 にゃんにゃん♪ にゃにゃにゃん♪ にゃにゃにゃにゃ♪ にゃあ♪

 一躍人気者になったちゃとらんは、大勢の観客を目の前にしても、気持ち良さそうな顔で歌い続けている。あたしはそんなちゃとらんを横目で見ながら、ギター演奏を続けた。

「観客の皆様、ちゃとらんの歌を聴いてくださいまして、ありがとうございました」
 あたしは大勢の観客に向かって頭を下げた。

「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
 あたしの仕草を真似たのだろうか。ちゃとらんも大勢の観客に向かって頭を下げた。

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!

 鳴り止まない拍手。どの人も笑顔でココアの缶にお金を入れてくれる。旭川駅前での路上ライブは、ちゃとらんのおかげで大盛況。

 この日の稼ぎは、二万七千三百八十円。目を疑いたくなるような金額。一万円札が一枚と五千円札が二枚と千円札が五枚もある。

 あたしに幸運を運んできてくれたちゃとらん。もしかしたら、まなちゃんの可愛らしい猫の彫刻が、ちゃとらんを呼び寄せてくれたのかもしれないとあたしは思った。

 アコギを防水ギターケースに仕舞った後、あたしはちゃとらんの顔を見つめながら考えた。

 歌が上手なちゃとらんと一緒に路上ライブをしていけば、働かなくても食べていけるかもしれないと。でも、それはいけないことだ。人として間違っていると思う。

 ちゃとらんは、あたしの大切な家族。見世物にしたくないし、ちゃとらんに食べさせてもらうわけにはいかない。旅から帰ったら、ちゃとらんのために頑張って働く。あたしは心に固く誓った。
< 238 / 258 >

この作品をシェア

pagetop