笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
 ………………病室のベッドの上で目が覚めた。

 肩と腰と太ももの辺りが痛くて、ちょっと頭痛がする。

 あたしは意識を失っていたのだろうか。どうして病室にいるのか。自分の身に何が起きたのか。全く記憶していない。



 ベッドに横になったまま、記憶を思い出そうとしていたとき、年配の女性の看護師さんが病室に入ってきた。

「ご気分はいかがですか」
 年配の女性の看護師さんが、あたしに声を掛けてくれた。

「あまりよくないです。あたしはどうしてここにいるんですか?」
「佐藤さんは……」

 年配の女性の看護師さんの話によると、あたしは交通事故に遭ってしまい、この病院に救急車で運ばれて、今までずっと眠っていたとのことだった。

「念のために、脳の精密検査を受けてください」
「あ、はい」

 精密検査を受けた結果、脳に異常は見つからず、幸いなことに、擦り傷と打撲だけで済んだ。

 あたしは大丈夫だけど、ちゃとらんが心配。無事なのかわからない。

 担当の看護師さんに、ちゃとらんのことを聞いてみたところ、何もわからないと言っていた。

「佐藤さんは、神奈川県から歩いてきたんですか」
「はい。宗谷岬に行く途中だったんです」

 病室で看護師さんと雑談していたとき、作業着姿のおじさんが入ってきた。

 神妙な顔つきで、手に花束と果物の盛り合わせを持っている。どうやらこの人が、あたしを車で跳ねた人のよう。

「私の前方不注意です。大変申し訳ありませんでした」
 作業着姿のおじさんが、あたしに向かって頭を下げた。

「道路に飛び出したあたしが悪いんです。元気なので気にしないでください」
 事故に遭ったのは、自分の不注意。あたしを車で跳ねた作業着姿のおじさんを責めるわけにはいかない。

「事故当時の状況を話してもらえませんか」
「あ、はい」

 お見舞いに来てくれた作業着姿のおじさんの話によると、あたしは道路に飛び出したちゃとらんを助けようとして、車に跳ね飛ばされてしまい、その場で意識を失ってしまったとのことだった。
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