笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「観客の皆様、あたしの歌を聴いてくださいまして、ありがとうございました」
 あたしは大勢の観客に向かって頭を下げた。今日は気分がとっても良い。

「お姉ちゃんは、スタイルが良くて、おっぱいが大きいね。千円払うから、ちょっと揉ませてよ」
 路上ライブをしていると、たまにこういった変態おやじが絡んでくる。

 酔っ払いのサラリーマン。

 きっと、仕事が上手くいっていないんだろう。上司に怒られたんだろう。家庭も上手くいっていないんだろう。奥さんとセックスレスなんだろう。子供に相手にされていないんだろう。夜な夜なマスを掻いているに違いない。なんて思ったりしてしまう。

 別に相手にしなければいいんだけど、あたしは反撃しないと気が済まない。女性に対して失礼なことを言う奴は許さない。

「あたしは風俗嬢じゃねーんだよ! おっぱいを揉みたいなら! おっぱいパブに行きやがれ! この変態クソハゲセクハラジジイが! 警察に突き出すぞ!」
「そんなこと言わないで、ちょっとだけでいいから、おっぱいを揉ませてよ」

 どれだけ飲んだのかは知らないが、かなりご機嫌のようだ。あたしの反撃にびくともしない。

 なんともしつこいおやじだ。もっと厳しく言わなければならない。

「揉ませるわけねーだろ! この酔っ払いの変態クソハゲセクハラジジイが! その薄汚いバーコード頭をバリカンで刈って! つるぴかのハゲ頭にしてやるぞ! てめーの貧相なイチモツを! 盆栽バサミでちょん切って! 二度と使えないようにしてやるぞ! てめーに子供がいるのかは知らねーが! そんな情けない姿を見られたら! 嫁と子供が泣くぞ! 自分の言ったことをよく考えやがれ!」
「…………うう、うう……。ごめんなさい。うう、うう……」
 あたしに説教された変態クソハゲセクハラおやじは、母親に叱られた子供のように泣き出してしまった。
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