笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「あはははは! 冗談に決まってるじゃないですか。お金持ちなのに、銀行強盗なんてしませんよ。あはははは!」
 チロリアンハットの女性は、両手でお腹を押さえながら笑っている。

 銀行強盗ネタは、あたしもよく使うのに、真に受けてしまって恥ずかしい。

「なんだ、冗談だったんだ。真面目な顔で言うから、本当かと思ったよ。銀行強盗をしていないのなら、どうしてお金持ちなの?」
「訳を話さないといけませんか?」
「ううん。別に話さなくてもいいんだけど、悪いことをして稼いだお金じゃないよね?」
「私は悪いことなんてしません。いたって健全な一般市民です」
 あたしから視線を逸らさず、ちょっと強い口調で答えたチロリアンハットの女性は、言葉遣いも受け答えもしっかりしているし、見た目もいたって普通の女性なので、常識がないというわけではなさそう。

「そっか。それならいいんだ。もう聞かないようにするね」
「わかっていただけたようですね。申し遅れましたが、私は山下まなと申します。あなたのお名前は何ですか?」
「あたしの名前は、佐藤さきだよ」
「さきさんですね。どうぞよろしくです」
「あたしこそ、よろしくね。まなちゃんって呼んでもいいかな?」
「はい! まなと呼んでください! この手帳に、さきさんのお名前を書いていただけませんか?」
 嬉しそうにしているまなちゃんが手帳とペンを差し出した。

「いいよ」
 あたしはペンを握り締めて、まなちゃんの手帳に自分の名前を書いた。

 佐藤さき。あたしの名前はひらがな。子供の頃は嫌だったけど、今は気に入っている。

「さきさんの名前はひらがななんですね。私の名前もひらがななんですよ」
 あたしの名前が書かれている手帳を見て、とっても嬉しそうにしているまなちゃん。

 名前がひながな同士、気が合うかもしれない。
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