笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
 あたしは会社をクビになったので、暇で暇で仕方がない。
 すごく暇だけど、仕事を探す気にはなれない。
 履歴書を書くのはめんどくさすぎる。

「もしもし、さきだけど、今夜、カラオケに行かない?」
「いいよ。いつものところで八時にね」
「うん。じゃあ、また後でね」

 こんなあたしにも気兼ねなく話せる友達がいる。
 仕事中でも電話に出てくれる穂乃果は児童養護施設時代からの幼馴染。
 あたしとは正反対の性格で、素直で優しくて真面目で頭が良くて、大手広告代理店に勤めているバリバリのビジネスウーマン。
 年収は、あたしの十倍くらい貰っていると思う。
 仕事もプライベートも順調なようで、来年の秋に、五年間付き合っている彼氏と結婚するらしい。
 真面目に勉強してきた穂乃果。勉強はあまりしてこなかったあたし。差が開くのは当たり前だと思う。
 


 空いてる電車に乗って、あたしはアパートに帰った。
 夜行性のみーちゃんたちの姿は見当たらない。

 あたしはすぐに服を着替えて、ぶらぶら散歩しながら、いつものカラオケボックスまで歩いて行った。
 時間通りに来てくれた穂乃果に今日の出来事を話してみた。

「またクビになっちゃったんだね。お茶汲みくらい我慢しなさいよ」
「我慢は体に毒だから、我慢しないよ」
「いつまでもそんなんじゃ、どこにも雇ってもらえなくなるわよ」
 穂乃果の言うことは最もだと思う。でも、あたしのポリシーは簡単には変えられない。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。いざとなったら、銀行強盗をするからさ」
「銀行強盗ネタは聞き飽きたわよ。来年で三十路なんだから、もっと真剣に将来のことを考えほうがいいんじゃないかな」
「将来のことは家に帰ってから考えるからさ。今夜は何もかも忘れて騒ごうよ」
「うん。そうだね」
 笑顔になってくれた穂乃果と歌いまくり、生ビールを飲みまくって、十時過ぎにカラオケボックスから出た。

「おごってくれて、ありがとう。いつもいつもごめんね」
 今夜も穂乃果がカラオケ代と飲食代を払ってくれた。

 あたしは穂乃果にお世話になりっぱなし。
 歩いて帰るのはめんどくさいから、タクシー代をくれ。などと口が裂けても言えない。

「気にしないでいいのよ。じゃあ、また明日ね」
「うん。また明日ね」
 優しい穂乃果は電車に乗って家に向かい、あたしは歩いてアパートに向かった。
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