笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「はい! すぐに拾ってきます!」
 気が弱そうな釣り人の青年は、手に持っていた釣竿を投げ出して、服を着たまま、川に飛び込んでいった。
 あたしの桃に対する熱意が伝わったのだろうか。あたしを怖い人だと思ったのだろうか。桃を拾ってくれるなら、別にどっちだって構いやしない。

「がんばれー。ふれー、ふれー」
 あたしは岸から声援を送った。釣り人の青年に桃を拾いに行かせておいて、まったくのん気なものだ。
「応援をありがとうございます」
 あたしの声援が届いたのだろうか。水面から顔を出して、苦しそうな声で言った釣り人の青年は、ぎこちないクロールで泳いでいき、見事に桃を掴み取った。
「た、助けてー」
 体力を消耗して力尽きてしまったのだろうか。水面から顔を出して、苦しそうな声で叫んだ釣り人の青年は、川に流されてしまった。

 どんぶらこ。どんぶらこ。どんぶらこ。どんぶらこ。どんぶらこ。どんぶらこ。

 釣り人の青年は、どんぶらこと川に流されていく。
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