笑顔と猫とどんぶらこ~フーテンさきの歌紀行~
「どうもご馳走様でした」
 十七匹もの魚と桃を綺麗に平らげたあたしとまなちゃんと水樹くんは、魚の骨と桃の種に向かって手を合わせた。

 お腹と心を満たしてくれた自然の恵みに感謝感激甘ココア。

「水樹くんは、彼女はいるの?」
 あたしは興味本位から、水樹くんに聞いてみた。

「彼女はいないんです」
 水樹くんは、小さな声で答えた。

「そっか。好きな人はいるの?」
「好きな人もいないんです」
「水樹くんは、草食系なのかな?」
「草食系ではないと思うんですが、僕は材木工場で働いていますので、出会いがなかなかないんです」
「男の職場で働いていると、女性と知り合う機会がなかなかないもんね」
「そうなんです。こうして出会ったのは何かの縁だと思いますので、携帯番号とメールアドレスを交換しませんか?」
 急に積極的になった水樹くんは、まなちゃんのほうを見ながら言った。

 もしかしたら、水樹くんは、まなちゃんに好意を抱いているのかもしれない。

「はい! 交換しましょう!」
 大きな声で返事をしたまなちゃんは、リュックサックからペンと手帳を取り出した。

「この手帳に書いてもらえますか」
「はい。すぐに書きますね」
 まなちゃんと水樹くんは、手帳に電話番号とメアドを書き合い、まなちゃんが手帳を千切って、水樹くんに手渡した。

 もしかしたら、水樹くんとまなちゃんは、相思相愛なのかもしれない。

 あたしは携帯を持っていないから、電話番号もメアドも交換できない。あたしは水樹くんのことを好きになったわけじゃないけど、ふられたような気がして、なんだか悲しかった。

 しょんぼり。しょんぼり。かなりしょんぼり。あたしも手帳に何か書きたい。水樹くんに何か手渡したい。

「電話番号とメールアドレスを交換してくれて、どうもありがとうございます」
「私こそ、どうもありがとうございます」
 お礼を言い合った水樹くんとまなちゃんは、お互いに見つめ合いながら、笑顔で談笑し始めた。

 おばちゃんのあたしは蚊帳の外。

 二人だけで話してないで! あたしも混ぜてよ! 一人で寂しいじゃないか! などと言ってはいけない。おばちゃんのあたしの役目は、笑顔で談笑している水樹くんとまなちゃんの様子を温かく見守ること。
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