食わずぎらいのそのあとに。


「男だったら響(ひびき)って前に言ってた?」

運転席で前を向いたまま聞かれる。名前の話? そうだね、タケルに似た声の子かなって思って。

「うん、でもタケルが決める約束だよね」

「女の子だったら、そうだな、姫?」

「却下!」

「俺が決めるんじゃないの? 高木さんが混乱するから?」

「そんなの関係ないけど、でもダメ。真面目に考えてよ」

高木くんと早紀は驚いたことに長続きしていて、あの2人もいつか結婚するのかもしれない。「今のところ興味がない」と早紀が言う限りはないか。不思議な2人だ。

「まじめだけどね。ま、俺のお姫様は1人でいいか」

独り言みたいにそう言って、リサの実家への角を曲がる。



いつもはパパの顔のくせに、時々こうやって甘い言葉を吐く。不意打ちみたいに。それで私がうろたえるのを面白がってるんだ。

姫とか、嫌だけど。いい歳して。でもタケルにそう言われるのはやっぱり嫌いじゃない。

「着きましたよ、姫」

わざとらしい恭しさで開けられたドアから差し出し出された手を気取って取って、重たい妊婦の腰をよいしょとあげる。

「重いな」

「言わないで」

重たい姫。二児の母でも姫。おばあちゃんになっても姫でいようかな。

「ほんとに大丈夫?」

「大丈夫。いつも、ずっと大丈夫」

力強く頷いてみせると、なぜかお腹を抱えて笑われた。今日は随分機嫌がいい。

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