食わずぎらいのそのあとに。
「平内、ちょっと。帰る前に話いいか」
「はい」
「植木、香ちゃんの荷物持ってきてやって」
「はい」
田代さんの指示で三人が応接を出ていき、安岡さんと2人きりになる。
静かな部屋で、彼女の方が口を開いた。
「平内くんに聞いてないんですか」
「うん」
「別に誰にも言ってませんから。興味もないですし」
見下ろされながら事務的な声が響く。あ、そうなの。なんで私、聞いてないんだろう。そうだ。安岡さんと話す機会があったら言いたいことがあった。
「あの」
「はい」
「前に会った時、武田のことまたなんか言われるかと思ったんだけど、そんなことなかったから、ありがとう」
「は?」
「あ、本当に同期会だったんだけどね。総務の人だから絶対変な噂流されるって、勘ぐっちゃって悪かったなと思って」
去年、終電間際にこの子が酔っぱらってタケルといるところに遭遇した。私は一人で通りかかったんだけど、同期会の後に前から噂されている武田と二人でいたんでしょと勘ぐられた。
総務のお姉さん方は私のことが嫌いで、変な噂を何度も流されている。だからまた噂になるのかと諦めてたのに、新婚の武田と不倫とかその後言われなくてほっとしたんだ。
「そうやっていい子ぶるから嫌われるんだって、わかってやってます?」
うわ。ダメだった。歩み寄り失敗。
むしろまた嫌われたか。嫌いだけど陰でこそこそしないタイプの人か。
手強そうだけど、この子嫌いじゃない、私は。覚えておこう。