食わずぎらいのそのあとに。
頭をふわりと撫でられる感覚で、目が醒める。うつぶせていたテーブルから顔をあげると平内タケルと目が合った。

「大丈夫? まだ調子悪い?」

さっきは不機嫌そうだったのに、ちょっと心配そうに聞かれる。結局優しいんだ、この男は。

「平気。ちょっと疲れちゃっただけ。休憩室しばらく誰も来ないかなって気が緩んだかも」

「風邪治ってないんじゃないの。無理すんなよ」

言いながら入口をチラッと振り返ったと思ったら、屈んで素早くキスしてきた。


「風邪移るよ」

「こうでもしないと間違えられるし?」

痛いところを突かれて、一瞬黙る。やっぱり怒ってるか。さっきのはまずいと私も思ったけど、田代さんにちょうどコーヒー頼まれたところだったんだから仕方ないのに。


「営業のコーヒーメーカー、持ってっとくよ」

私が顔をしかめたのに満足したのか、タケルはにこっと笑って歩き出す。かわいいんだよね、男のくせに。



私も戻らなくちゃ。結構時間が経っている。

立ち上がって後を追うと、廊下に出たところで田代さんに出会った。

私が入社間もない頃に片思いしてた上司。まだ36才のくせに開発部長に抜擢されているやり手。去年の秋に女の子が産まれた愛妻家。

「香ちゃん、チョコご苦労さま。平内、ちょっと付き合え」

「4Fですか?」

「そう。上のほうからなんか言ってきたらしい」

話しながら二人でもう歩き去る。4Fといえば総務か。タケルは異動したのに、なぜか今も田代さんにちょこちょこと使われているらしい。

人当たりがいいけど意外と腹黒いところが似てて気が合うのかも。

でも真奈曰く『部長には失礼ですけど平内さんのほうが10倍かっこいいです』だそうだ。



そんなことを思い出しながら、今日遅くなるかって聞けなかったと背中を見送る。一応チョコとネクタイ、用意してるんだけど。


少し行ったところで、タケルが振り返った。

「香さん、コーヒーメーカーやっぱりなしでいいですか」

「うん。営業にもあいさつするから大丈夫」

営業部の大事な平内くんを開発のお局が顎で使っていると思われるのもまずそうだし。





去年の秋からの社内恋愛は、一応周りには内緒にしている。知ってるのは、真奈を含め数人。

後輩のタケルは社内では人気のある爽やかなイケメンくんで、なぜか男の噂が絶えない私とも噂になってたことはある。

でも私の妙な噂はいくつもあるから、そこに本当のことが一つ混ざってても意外と気づかれないもので、まだ皆にバレたりはしてない。

付き合う前から普通に仲よかったしね。

さてと、まだなんかだるいけど、仕事しないと。今日は私も残業になりそう。

チョコ、渡せるかな。
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