食わずぎらいのそのあとに。
夕飯までご馳走になって、私の知らないタケルの話をたくさん聞いた。想像通りにやんちゃで友達と駆け回っている子供時代だったらしい。

高校ぐらいで急に勉強し始めて大学に行くっていうから驚いた、とお母さんは言う。

顔が良くて頭が良くて自慢の息子だということを隠さない朗らかな人だ。




「ねえ。お母さん1人にしちゃっていいの?」

私の家まで散歩がてら歩きながら、気になって聞いてみた。

「別にいいよ。家賃高過ぎるって言うからしばらく戻ってたってだけで。いざとなれば出てく用意はあるだろうし、引っ越し代ぐらいは俺が出すかもしれないけど」

「今のところに住むならね、私まだ借金ちょっと返してるけどもうすぐ終わるのね。だから暫くは今のままでもいいんじゃない?」

私のマンションに赤ちゃんと3人で住むのも、しばらくはなんとかなるだろう。それなら当面はタケルが今のまま家賃を負担し続けても、誰も困らないんじゃないかと思う。

「今のままでいたい?」

「お母さんをないがしろにするのは、よくないって思って」

「考えとく」

あれ? 不機嫌になってしまった。マンションの前まで来て、もちろん上がっていくと思ったのにタケルは立ちどまる。

「今日は帰る。香もそのほうがよく寝られるだろうから」



そうか。結婚するって言っても、まだ一緒に住もうってわけじゃないから、帰ったっていいんだけどね。

一応挨拶という雰囲気の形だけのキスをして、タケルが背中を向けて帰っていく。帰ると言いながら、きっとリュウくんとか地元の友達のところに行くんだろう。

女の子のところではないと思うけれど。

いやいや、そんなの疑いだしたらきりがない。単にさっき不機嫌になった延長だよね。

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