食わずぎらいのそのあとに。
結局会社帰りに軽く食べてきたというタケルは、ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいる。ジャケットは預かってハンガーにかけたけれど、着替えるつもりはないみたい。
これは泊まりに来たんじゃないな。明日どうするのかって話だ。
改めて、体調も悪いからまだ家でゆっくりしたいと訴えてみる。タケルはどうして早く行くことにこだわるんだろう。
「会社も休まず来れてるみたいだし、車で行くなら行けるよね?」
「そうなんだけど、そんなに急いでいく必要ないかと思って」
「なんで?」
「妊娠の本、読んだでしょ? まだ流産する可能性だってないわけじゃないから。そうなったら話が変わるでしょ?」
孫が増えるって聞いたら喜ばれるだろうし、別に順番がどうこうってうるさく言われる年でもない。
でも話が進んだ後に流産ってなったら気まずい。タケルが急いで私と結婚する理由がなくなっちゃうでしょ、そしたら。
安定期と言われる妊娠5ヶ月まで、あと数週間はいいかなって。
「どういう意味?」
いつもより低く感じる声で、射るような目でタケルが私を見た。
こういうの、覚えがある。こうやって静かに怒ったのを、前にも見たことがある気がする。
「……わかった」
ガタッと音を立てて立ち上がり、タケルは迷わず玄関へ続くドアへ歩きはじめた。
そうだ、あの時。真奈がタケルを好きだから私は付き合えないと伝えたときだ。
怒って歩き去り、そのままずっと口もきいてくれなくなった。そんなに怒ると思わなくて、私は話しかけることもできずに胃の痛い日々を過ごした。