食わずぎらいのそのあとに。
一瞬で戻った記憶にハッとして追いかける。
「タケルっ」
ドアを開けたところで後ろから背中にしがみついた。腰に手を回して動けないようにする。
本気になれば私のことなんて振り払えるだろうけど。
「行かないで」
捕まえたから立ち止まってくれたけれど、タケルは無言だ。
「なんで怒ってるのかわからないけど、私は全然わかってないけど、でもこういうのいやだよ」
必死で言葉をつなぎながら、心の隅には客観的に私を見下ろしているもう1人の自分がいた。
ああみっともない。年下の男にすがってしがみつく三十路の女。
「ああ、帰ろうとしてると思った?」
少しの間を置いて、さっきまでと少し違う気の抜けた声がする。
「何かと思った。トイレ行こうと思ったんだけど、俺。行ってもいい?」
「トイレ?」
慌てて身体を離す。玄関脇に確かにトイレがあるけど。
タケルはそのまま本当にトイレに向かった。勘違い? いや、今の気配はあの時と同じだったと思う。
私にちゃんと話せというわりに、タケルだっていつもなんにも言わない。
でも、今回はちゃんと動けたね。みっともなくても、そういう自分を褒めようと思う。変にこじれたくないの、今。