食わずぎらいのそのあとに。

タケルと目が合ったら、にこっと笑って手招きされた。

「総務も行くから来て」

「総務?」

「平内、今日8時に座敷な」

そこに武田が命令口調でタケルに向かいあう。

「香は来なくていいから」

武田に邪険に扱われ、「行かないよ、言われなくても」と答えた。

みんなにあれこれ聞かれるとか無理。タケルならうまくはぐらかせるでしょ。




「総務? なんで? 他も?」

隣を歩きながら、全部署行くつもりかと聞いてみる。

「総務の女の人たちにまたあることないこと言われるだろ。部長にあいさつしとこ、一応」

「わかった。でも、まかせていい?」

「いいよ、大丈夫だって」

非常階段に入ると、「緊張しなくていいよ」と囁いて、ふわっと軽くキスして階段を上がっていく。

機嫌がよくて、無駄にかっこいい。




フロアに入ると、営業のほうからすぐに声がかかる。

「おお、香ちゃん、おめでとう」

「ありがとうございます」

数年前までは営業にいたからほとんどの人を良く知ってるし。みんな祝福してくれた。

天敵の川井さんまで寄ってくる。

「よお、米沢。よかったな、顔がよくて仕事もできる旦那捕まえて。お前が使えなくてもフォローが効くな」

いちいち嫌味だけど、この程度ならさすがに慣れてる。

「ありがとうございます。おかげさまで。米沢じゃなくて、平内になりました」

「社内で旧姓にしとかないのか、まぎらわしいだろ」

「本名使いたいので」

「いいな、平内。愛されてるな」

タケルはにやっと笑ってる。なんで照れないの、この人。
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