食わずぎらいのそのあとに。
目を開けると、薄明りでどこかに寝かされている。病院ではないみたい。
革張りのソファがある小さな部屋。そうか、社内の応接室だ。誰かが運んでくれたんだ。
よかった、救急車呼ばれなくて。大学の時、一度学内で倒れてしまって、救急車で運ばれて目立って大変だった。
寝てれば治るし、治療法は別にないし、生活に気をつけるしかないんだから、病院なんて行かなくていいのに。意識を失ったら皆心配してくれちゃうんだ。
今回は、真奈が貧血だって言ってくれたのと、以前直属上司だった田代さんが私の体質を知っているのとで、安静にしてれば大丈夫って判断されたんだろう。よかった。
「香さん、目が覚めました?」
真奈がいる。起き上がろうとして、誰かに肩を触られて止められる。
「貧血で倒れたそうです。もう少し寝ていてください」
見慣れないきれいな子。総務の、安岡さんだ。なんでこの子? あ、そうか、人事担当なんだ。
真奈がサイドテーブルの上の内線で連絡している。
「はい。目が覚めました。あ、はい。香さん、しゃべれますか?」
こちらを振り向いて聞いてきた。
「うん。低血圧で倒れちゃうこと、時々あるの。ごめんね。田代さん?」
真奈が目でうなずいて、電話に戻る。
「話もできてます。低血圧で倒れること時々あるって。はい。わかりました」
「田代部長がすぐ来ます」
起き上がりたいけど、田代さんにも怒られそうだな。毛布を掛けてもらってるし、しばらくこのままでいるしかないかな。