食わずぎらいのそのあとに。
「結婚して子供もできるから? だから諦めたの? なんで一人で決めちゃうの?」
「ああいうところ移ったら、それこそしばらくは休みなく働くような形になるだろうし、今そんなことしてる場合じゃない」
「でも、今行かなかったら後悔するんじゃない? タケルは今頑張らないと」
「今頑張らないと、なに?」
タケルの声が尖った。 私の言葉の何かに、すっと冷えるような怒りを持ったのが分かる。
怒らせた。でも、私も今回は引くつもりはない。だって、ちゃんと話をしようねって決めたでしょ? って目で訴える。
「ほんとに、俺のことなめてるよな。悪いけど、香が思ってるほどできない奴じゃないから」
うんざりしたように、ため込んだ怒りを放り出すように、タケルが言った。
なに言ってるの? 意味がわからない。
「そんな風に言ってない。思ってもない」
「思ってるだろ。香は、わかってない」
わかってない。
いつもより低く、突き放すようなその言葉に、急に声が出なくなった。
タケルはそれ以上話したくないようで「ちょっと頭冷やしてくる」と出て行ってしまった。
前みたいに、怒りに任せて立ち去ったわけじゃない。ただ、わかってないから話しても無駄、そう突き放された。
できない奴だなんて全然、思ってないよ。もったいないって、ほんとはもっと伸びていくはずなのにもったいないって、そう思ってるのに。
『香は、わかってない』
私は何をわかってないんだろう。いつも。いつでも。タケルは私をわかってくれるのに。私は、わかってなくて、いつも的外れだ。
夜中に帰ってきた気配がしたけれど、タケルは寝室にはやってこなかった。ソファで寝ているんだろう。風邪をひかないといいけど。
そう思いながら私もうとうとと眠りに戻った。