ビルに願いを。
「杏ちゃん、ちょっと来て。ジョーに紹介するわ」
麻里子さんに呼ばれてまた席を離れた。
社内をぐるりと回って窓辺のブースに近づくと、社長と丈さんが英語でやりあっているのが聞こえて来た。
「パスポートはしばらく預かる。この1年は東京って約束だろう。そろそろ本気でやってくれよ」
「コーディングも打ち合わせもどこでだってできる。東京にいる意味なんてない」
「ジョーのやり方を理解する人間がもっと必要なんだよ。ここでチームを組め。まずはお前の気に入ったメンバーでいい。何度言ったらわかるんだ!」
話しかけられる雰囲気じゃないと思って足が止まるが、麻里子さんは御構いなしに歩み寄り、日本語で話しかけた。
「丸聞こえですよ。少し考えてください、社長も」
2人が言い合いをやめて、目がこちらを向いた。ジョーさんの鋭い視線がまた私に刺さってくる。
「ジョーもさっき会ったのかしら。こちら先週入社した杏ちゃんです。スタッフ部門で新規社員のサポートをしてもらう予定」
「高野杏です。よろしくお願いします」
「じゃあこいつにする」
挨拶した私を一瞥し、丈さんが社長に向かって挑戦的に言った。
「この子を俺のチームに入れる。それでいいよね?」
「何言ってるの、彼女はスタッフ部門ですよ」
「ジョー、ふざけてる場合じゃないんだよ」
2人の大人に諭すように言われている丈さんは、なんだか子どもじみている。見た感じは二十代半ばだけど、ふてくされる姿はまるでティーンエイジャーだ。
「俺が気に入ればいいんだよね?」
でも社長に向かって不敵に笑う彼は、やっぱり生気がないなんて感じはしない。
「どこが気に入った?」
「ケイティに似てる」
即答だ。おいおい、愛人になる気はありませんよ。
またふざけるなと言うかと思った社長は、呆れたのか深くため息をついた。
「まあ、それもいいかもしれないな」