ビルに願いを。

「杏ちゃん、ちょっと来て。ジョーに紹介するわ」

麻里子さんに呼ばれてまた席を離れた。

社内をぐるりと回って窓辺のブースに近づくと、社長と丈さんが英語でやりあっているのが聞こえて来た。

「パスポートはしばらく預かる。この1年は東京って約束だろう。そろそろ本気でやってくれよ」

「コーディングも打ち合わせもどこでだってできる。東京にいる意味なんてない」

「ジョーのやり方を理解する人間がもっと必要なんだよ。ここでチームを組め。まずはお前の気に入ったメンバーでいい。何度言ったらわかるんだ!」


話しかけられる雰囲気じゃないと思って足が止まるが、麻里子さんは御構いなしに歩み寄り、日本語で話しかけた。

「丸聞こえですよ。少し考えてください、社長も」

2人が言い合いをやめて、目がこちらを向いた。ジョーさんの鋭い視線がまた私に刺さってくる。

「ジョーもさっき会ったのかしら。こちら先週入社した杏ちゃんです。スタッフ部門で新規社員のサポートをしてもらう予定」

「高野杏です。よろしくお願いします」

「じゃあこいつにする」

挨拶した私を一瞥し、丈さんが社長に向かって挑戦的に言った。

「この子を俺のチームに入れる。それでいいよね?」



「何言ってるの、彼女はスタッフ部門ですよ」

「ジョー、ふざけてる場合じゃないんだよ」

2人の大人に諭すように言われている丈さんは、なんだか子どもじみている。見た感じは二十代半ばだけど、ふてくされる姿はまるでティーンエイジャーだ。

「俺が気に入ればいいんだよね?」

でも社長に向かって不敵に笑う彼は、やっぱり生気がないなんて感じはしない。

「どこが気に入った?」

「ケイティに似てる」

即答だ。おいおい、愛人になる気はありませんよ。

またふざけるなと言うかと思った社長は、呆れたのか深くため息をついた。

「まあ、それもいいかもしれないな」

< 10 / 111 >

この作品をシェア

pagetop