ビルに願いを。
丈はそのままメイに声を掛けている。

「メイ、ヘリ呼んでおいたら1人で行けるよな。 もし良かったらメアリも」

「いいの? アンは高いところ好きじゃない?」

「今日は地面を散歩したいみたいだから」

「OK。じゃあまたね」

メイはなんのわだかまりもなさそうにOKしてくれるけど、あれ、先約なんだよね。私のわがままで予定変わっちゃったよね。

ちょっと狼狽えているうちに、丈はメアリさんにも何か話しかけると、「行こうか」と私の手を取った。




挨拶もそこそこに連れ出され、またVIP用エレベーターで駐車場まで降りていく。

「スニーカーに履き変えた方がいいよね」

昨日走ったり登ったりしたせいで少し痛む足元を見降ろされた。確かに、このヒールでは歩いたらまめができそう。

「うん、でも、いいの? 先に約束してたのに」

「あんな拗ねた顔しといてよく言うな」

してた? そう? だって別に、今日はいきなりでそんなつもりじゃなくて、メイと約束があるならそれでいいと思ったし。

目が泳いだだろう私を見て、丈は機嫌良さそうに笑った。

「観光目当てでついて来たんだよ。メイも気持ちを切り替えたいんだ」

そうか。ずっとお世話をしてたケイティを亡くして、彼女も落ち込んでるよね。思い至らなかった。

「ごめんね、メイも丈もまだ辛いよね。私も行くから、やっぱりヘリコプターで観光にしよう。あの、わがまま聞いてくれてありがとう。でももう平気だから、丈の好きなように」

慌てて話している途中で、ふいに腕を引かれてよろけた。そのまま誰もいない駐車場の壁際で抱きしめられる。

どうしたの?と顔を見ると、なんていうか、愛しいものを見つめる目で優しく見つめている。ケイティを見る目、と思ってたけど、たぶん今は私を見てる目。

「俺も杏と散歩する方がいいから、ヘリは今度」

そう言うとゆっくりとキスをする。柔らかく、味わうように何度も。何度も目を合わせて2人で微笑み合った。

「会いたかった」

「私も」

昨夜何度も交わした言葉を繰り返しては、また唇を重ねる。

呼んであったタクシーの運転手さんが待ちくたびれたんじゃないかと思う頃、ようやく手を繋いで壁際を離れた。

ねえ、私のこと、もしかして本気で好きなんだって自惚れてもいいかな。

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