ビルに願いを。
それから数日。ある意味順調。
隣にいても、丈さんは本当に話しかけてくるわけでもなんでもない。
たまに私から話しかけてみると、PC画面に羅列された英文字と記号を見つめたまま、めんどくさそうに短い返事が来たりする。
時折ボイスチャットをしているようで、英語で何か話しながら仕事をしている。耳をそばだててもほとんど意味が分からない。
そしてとにかくずっと仕事をしている、この人。
触られそうでも口説かれそうでもなくて、かといって邪魔にもされない。本当に置物扱いと思えば安全なんだろうけれど。変な人。
私はエンジニアさん達に話を聞くという当初の仕事を続行しながら、席に戻って話をまとめたり知らない言葉を調べたり。そして28階からの東京タワーの眺めを楽しんでいる。
以前のクレーム処理に比べたら楽だし、丈さんが特に嫌なわけでもない。
しかし私はこれでいいんだろうか。
ほんの時たま、丈さんが手を止めて私を見ているのを感じることがある。気づかないふりで私も正面の画面を見ているので、どんな顔をしているのかはわからない。
ケイティに似てると言う顔を眺めているんだろう。私自身を見てるわけじゃないとわかってるのに、ドキドキするというか気になってしまい困る。
そしてこんな状況だとまた社長に呼ばれて「やっぱり役に立たないね。向いてないんじゃないかな」とあっという間にクビになったらと思うと、別の意味でもドキドキしている。
でも、私だって無駄に日々を過ごしているわけではない。丈さんが何をしているかだってちょっとはわかってきたんだから。
毎日みんなの話を聞いているうちに、なんとなく仕事のことだって理解しつつある。
丈さんが日々やっているのはコーディング、つまりITシステムの開発でしょ。
画面に並んだ文字列の羅列、つまりコードでマシンに命令を出していく。
どんなカラフルな動きで動くアプリもゲームも、裏ではこんな文章みたいなものが動いていると知って結構驚いた。
そして、時々違う画面で作業しているのがコードレビュー。他人が書いたコードを読んで直している。本当はコメントをして相手が自分で直すものらしいけれど、丈さんは勝手に直してるようだ。