ビルに願いを。
丈さんのためにも祈ったご褒美なのか、翌日から少し話しかけたらちゃんと答えてくれるようになってきた。
ずっと座り込んで仕事をしていると思っていたのが、社内を歩き回って誰かに声をかけられたりしている。
どうしたのかなと観察していたら、どうやらカリフォルニアに帰ったせいで遅れていた仕事が落ち着いたらしい。
なるほど。それで集中したかったのか。言ってよね、悩んじゃったよ。
じゃあ今のうちに仲良くなったり質問したりしておかないと。と焦るばかりで特に近づくことはできず、相変わらずの距離感。
何しろ仕事がわからなすぎて、何から聞いたらいいものか。この戸惑いはちっとも憧れられるような質のものじゃない。
丈さんは『ライブラリーを使うのが上手い』とも言われてたなぁ。
社内のこじゃれた図書室、別名ライブラリーに行ってみるけれど、あまり誰かが使っている形跡はない。
技術書やフェニックスの会社資料がたくさん置いてあるものの、丈さんの机に本があるのも見ないしね。
あ、漫画もたくさんある。ほんとに遊び満載だね、この会社。
それにしても使うのが上手いって、なんだろう。
「杏ちゃん、どうしたの?」
通りかかった社長に声をかけられた。図書室は木目のドア以外はガラス張りで中が良く見えるから。
丈さんはライブラリーを使うのが上手いって何かと思ってと相談してみると、一瞬目が点になった後、社長が「あっはは、そうか」と大きく笑った。
「そう言うことじゃないんだよ」
と社長が説明してくれたのは、ライブラリというのはプログラムコードの倉庫のようなもので、そこにしまってあるコードの名前を呼び出せれば、やりたいことを簡単にできるということだった。
丈さんはそれらを熟知して使いこなしているらしい。
魔法の呪文みたいな感じかな。プログラミング言語って、言葉の一種なんだよね。
かなり恥ずかしい。図書室使ってるとかじゃないんだ。こんな状態でサポートとかやっぱり無理ですよ、社長。
「言われてもぴんと来ないよね? でも丈を理解しようとしてくれただけでも俺は嬉しいよ」
永井社長は優しい。というか私を置物としてまだ置いておくために機嫌を取られている。